人間とは不思議な生き物である。
創造の神がいたとすれば明らかに失敗作であるヒトという種は、それでも、地球を支配する存在となった。これは、否定しがたい。
ヒトという種が他の哺乳類より傑出して持つ脳の部分は、前頭葉と小脳である。もう少し正確に言うと、前頭葉の前頭前野と小脳の新皮質である。小脳の進化は非線形制御と呼ばれる特殊運動能力をヒトに与え、二足歩行や言語機能が可能となった。前頭前野は、小脳が運動機能を高度化したように大脳の情報処理能力の高度化をもたらした。この2つの進化が相俟って、ヒトは、他の動物にはない特殊能力を獲得することになる。「時空を超えた情報」を扱う能力である。言い換えれば、人間は他の動物とは違い、自分自身が直接経験していない環境との干渉ができる。それも、同時代の出来事である必要もなく、また、自分が生きている場所で起こったことである必要もない。
人間の子どもたちは、自分たちが生きている環境がどのように造られてきたかも、家庭や社会、学校で教えられる事柄がどのようにして確立されてきたのかも知らずに、与えられた情報を当たり前のように受け止め、心を形作っていく。その時点では、すでにそれが何の意味を持つのかを誰も理解できなくなってしまった、「習慣」とか「伝統」と呼ばれる奇妙な情報も、当たり前のこととして経験していくのである。実際のところ、高度な文化を形成した先進国家における子どもたちがその心を作り上げるために用いる情報の多くは、この、「時空を超えた情報」なのである。