簡単な現病歴とPATの所見から,代償性ショックの可能性ありと判断し,患児は蘇生室へと移された。一次評価を行うと同時に,血圧,心電図,酸素飽和度モニターを装着した。
代償性ショックを疑い,酸素投与を開始し,末梢静脈路を確保した。続いて2次評価(焦点を絞った身体診察と病歴聴取)を行った。熱源の同定には至らなかったが,敗血症性ショックが疑われた。
末梢静脈路を確保した際に採取した静脈血検体で血液培養を提出し,簡易血糖測定と迅速血液ガス分析(乳酸値とイオン化カルシウム値を含む)を行った。余った検体を血算と一般血清生化学検査に提出した。さらに,鑑別として尿路感染症を念頭に,尿道カテーテルで検体を採取し,尿検査・培養を提出した。
循環動態の変化に注意しながら,生理食塩液20mL/kgの急速輸液を開始。POCUSでは左心室に良好な収縮能を認め,下大静脈径と大動脈径の比から1),脱水による循環血漿量減少性ショックと,敗血症による分布異常性ショックによる代償性ショックが疑われた。
2本目の末梢静脈路を確保すると同時に,2つ目の血液培養検体を採取した。そして,トリアージから約30分が経過した時点で抗菌薬(CTRX100mg/kgとVCM15mg/kg)が投与された。
生理食塩液の急速輸液が40mL/kgに達した時点で,心拍数は160回/minに低下し,CRTは3秒へと短縮した。一時は循環動態の改善を認めたが,その後は徐々に血圧が低下。急速輸液を継続しながら,末梢静脈路を介してノルアドレナリンが開始された。この時点で患児は集中治療室へと移動した。
簡易血糖測定器での血糖値は,75mg/dLであった。血液ガス分析では,アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシスを認め,乳酸値は5.0mmol/Lと高値であった。血算では好中球優位の白血球増多を認め,尿検査では100/μL以上の白血球を認め,尿路感染症を一次感染巣とした敗血症性ショックと診断された。
小児救急における患者の初期評価で最も重要なことは,「緊急度と病態を正確に把握すること」である。特に緊急度が高いと判断される症例では,確定診断をつけることよりも,その病態に応じた適切な介入が優先される。
忙しい小児救急の現場で,個々の患者の緊急性と病態を迅速かつ正確に判断するためには,3つの評価段階(第一印象→1次評価→2次評価)に分けた体系的なアプローチを習得する必要がある。詳細は,①ER-❶の項を参照されたい。
この体系的なアプローチにおける診療の時間の流れを,「診断の時間軸」と「治療の時間軸」に分けて考えてみたい2)。
救急以外の診療現場では,診断を確定した後に治療が開始されるのが一般的である。この場合,診断と治療の時間軸は前後に位置し1本の時間軸となる。しかし,本症例では患児を評価しながら,必要な処置介入を施し,敗血症という疑い診断に対し治療を開始している。つまり,これら2つの時間軸は並行している。
これは,特に緊急度が高い病態に対する救急診療の特徴の1つである。非救急医は,診断が確定せず限られた情報の中で処置や治療を開始することに,不安を抱き躊躇するであろうが,この遅れが患者の予後に影響を与える。しかし,敗血症におけるこの救急診療スタイルは,上述の各評価段階の目的と後述する敗血症性ショックの初期診療を理解することにより必ず実践することができる。
敗血症とは,感染症に対する宿主の反応が制御できないことにより致命的な臓器不全が引き起こされる状態であり,迅速な評価と治療を必要とする内科的救急疾患である。敗血症に対する初期治療の指針の1つとして,Surviving Sepsis Campaign Guideline(SSCG)20123)を基礎としたアルゴリズム(総論-図1参照)がある。これはRiversらが報告したEarly Goal-Directed Therapy(EGDT)プロトコール4)を基本としたアルゴリズムであり,小児では初期治療/蘇生の目標を「2秒以内のCRT」,「正常心拍数」,「中枢と末梢の脈の触れに差がないこと」,「温かい四肢末梢」,「1mL/kg/hr以上の尿量」,「正常な意識レベル」としている。
EGDTプロトコールについては,その後いくつかの成人を対象とした多施設研究5)6)で死亡率の低下が示されなかったことから異議が唱えられている。しかし,Surviving Sepsis Campaign Guideline 2016では,この介入方法による有害事象は報告されていないことから,以前の目標値を用いることはいまだ安全であるとしている7)。さらに,Riversらの報告は,敗血症診療において「早期認識と治療介入の重要性」および「初期治療のプロトコール化の有効性」を示唆した重要な研究と言える。
297人の小児敗血症性ショック患者を対象とした単施設の臨床研究で,Larsenらは敗血症診療のプロトコールを導入することにより,輸液と抗菌薬の投与開始までの時間を短縮することに成功した8)。
また,Balamuthらは,189人の小児重症敗血症患者を対象に,プロトコール化された初期治療を受けた群が,プロトコール化されていない初期治療を受けた群に比較し,入院2日目の時点で臓器障害の有意な改善を認めたことを報告している9)。
プロトコールを利用することは,特に小児敗血症診療における経験が乏しい施設において,医療チームに診療指針を与えるという意味で,大いにその意義を発揮すると考えられる。また,プロトコールとは最新のエビデンスをふまえるだけでは不十分であり,起炎菌分布,バイオグラム,小児集中治療科へのアクセス,搬送手段など,それぞれの地域/施設の特色を加味した上で作成されるべきである。
したがって,小児救急の現場で敗血症を患う子どもたちを確実に救うためには,トリアージから始まる定型化されたスクリーニングによる敗血症の早期認識,プロトコールに基づいた迅速な初期治療,そして集中治療へのスムーズな移行が不可欠と考えられる。
PATで緊急度を把握する
救急診療における2つの並行する時間軸を念頭に初期評価を行う
地域/施設の特色に合わせたプロトコールに従い,迅速に初期治療を遂行する
尿および血液の培養検査からは抗菌薬の感受性が良好な大腸菌が検出され,抗菌薬は開始から48時間後にCEZへとde-escalateされた。この頃には,患児の循環動態は大きく改善し,ノルアドレナリンから離脱。一般病棟へと転送された。
小児救急領域のPOCUSに関するエビデンスのまとめ。各適応における評価項目がきめ細かくまとめられている。超音波診療の標準化において,ランドマークとなるレビュー。
研修医必読! 日本の医学教育に不足する診断学の本。初期研修医中に一度は読むべき本。
必読! 2012年のSSCGであり小児の項目が設けられている。
北米の単一施設のERで,263人の重症敗血症/敗血症性ショックの患者を対象に行われた無作為比較研究。患者は, EGDTを受ける群とそうでない群に分けられ,院内死亡率と72時間後のAcute Physiology and Chronic Health Evaluation(APCHEⅡ)scoreを比較。EGDT群では,院内死亡率とAPACHEⅡ scoreともに低く,統計学的な有意差を認めた。
5) Peake SL, et al:Goal-directed resuscitation for patients with early septic shock. N Engl J Med. 2014;371(16):1496-506.
51の施設にて,1,600人の敗血症性ショックの患者を対象に行われた無作為比較試験。患者は,early goal-directed therapy(EGDT)を受ける群とそうでない群に分けられ,90日以内の死亡率(all-cause mortality)を比較。2群間で有意差は認められなかった。
31の施設にて,1,341人の敗血症性ショックの患者を対象に行われた無作為比較試験。患者は,early goal-directed therapy群(EGDT群),EGDTでないプロトコール治療群,プロトコールされていない治療群の3群に分けられ,30日以内の院内死亡率を比較。有意差は認められなかった。
2017年のSSCG。小児の項目はなく,成人を対象としたガイドラインとなっている。
本文の解説を参照。
本文の解説を参照。