マヤロ熱は,トガウイルス科アルボウイルス属の一種であるマヤロウイルスによって引き起こされる人畜共通感染症です。1955年にブラジルのアマゾン地域で初めて確認され,ボリビア,ブラジル,コロンビア,ペルーなどの中南米の森林地帯と農村地域で流行しています。蚊媒介感染症で,主な媒介蚊はHaemagogus属の蚊であり,非ヒト霊長類が自然宿主となっています。
基礎実験では,ネッタイシマカを介した都市部での感染伝播の可能性が懸念されていますが,自然環境下での確認はいまだされていません。潜伏期は3〜12日程度で,急性期の症状は高熱,頭痛,悪寒,発疹,結膜炎,筋痛・関節痛です。これまでに死亡例の報告はないようですが,関節痛は手関節・足関節・膝などに強く,約40〜60%で3カ月以上遷延し,生活の質を著しく低下させることもあります。臨床症状が類似しているデング熱やチクングニア熱と誤診されることもありますが,確定診断は血清抗体価検査やPCR検査によってなされます。承認された特異的なワクチンや抗ウイルス治療法は存在せず,主な臨床マネージメントは支持療法になります。現時点では,日本の感染症法の届出対象疾患にはなっていません。
公式情報によると,2025年1〜5月までの期間,ブラジル北東部にあるアクレ州で,マヤロ熱の確定診断例が11件報告されました。これは2024年通年の4件と比較して175%の上昇になります。
近年におけるマヤロ熱の増加の要因として,①分子診断技術の向上(例:RT-PCRアルボウイルスパネル),②ジカウイルス感染症流行後の全国的な監視システムの拡大,③臨床的認識の向上と鑑別診断への組み込みが報告されています。また,気候変動,森林縁辺部の都市化といった要因も考えられています。
このように,近年の新興再興感染症の増加には“climate change”と“urbanization”がキーワードになります。
有効なワクチンがないため,予防には流行地域に渡航する際に防蚊対策を徹底することがきわめて重要です。蚊に刺されることで感染するデング熱,ジカウイルス感染症,チクングニア熱,黄熱などの蚊媒介感染症と同様に,マヤロ熱でも,まず蚊に刺されないことが第一の防御策です。流行地域で屋外に出る際は,なるべく肌の露出が少ない長袖・長ズボンを着用し,薄手で通気性のある素材を選ぶと快適に過ごせます。
また,十分な濃度(一般にDEETなら30%以上,イカリジンなら15%以上)の防虫剤を使用し,必要に応じて数時間おきに再塗布することが推奨されます。特に蚊の活動が活発になる早朝や夕方の時間帯は注意が必要です。
宿泊先では蚊帳の使用や窓の網戸の確認,エアコンの使用など,室内への蚊の侵入を防ぐ工夫も有効です。これらの対策を組み合わせることで,感染症のリスクを低減することが可能です。
【文献】
1) 米国CDC:Mayaro Virus. (2025年6月7日アクセス)
2) Fundación iO:29 mayo 2025. Aumento significativo de casos de fiebre Mayaro en Acre, Brasil. (2025年6月7日アクセス)
石金正裕 (国立国際医療研究センター病院国際感染症センター/ AMR臨床リファレンスセンター/WHO協力センター)
2007年佐賀大学医学部卒。感染症内科専門医・指導医・評議員。沖縄県立北部病院,聖路加国際病院,国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)などを経て,2016年より現職。医師・医学博士。著書に「まだ変えられる! くすりがきかない未来:知っておきたい薬剤耐性(AMR)のはなし」(南山堂)など。