政府の「未来投資戦略2018」では、技術革新の活用により次世代ヘルスケアシステムを構築する方針が打ち出された。その中で課題に挙げられたのが、「効率的・効果的で質の高い医療・介護の提供」。医療現場におけるICT活用法を紹介する連載第5回は、こうした課題解決に向けて開発されたAI問診サービスを紹介し、生産性の向上がもたらす効果と可能性について考えてみたい。【毎月第1週号に掲載】
医師の時間の多くが電子カルテ作成など事務作業に割かれているのは、リソースの浪費ではないか―。研修医時代に抱いたこんな違和感がきっかけとなり、阿部吉倫さんは高校・大学時代の同級生のエンジニアとともにAIを活用した問診ソフトウェアの開発に取り組んだ。問診では、患者の主な症状から考えられる疾患を念頭においた上で質問が繰り返されることから、患者の回答に応じて対話的に質問を生成することができると考えたのだ。
「規模の大きな民間病院などでは記載専用のクラークを配置しているケースもありますが、多くの医療機関ではそうはいきません。既にトレーニング済のAI問診という機能があれば、医師の負担軽減につながり、患者と向き合う時間を確保するサポートができるのではないかと考えました」(阿部さん)
阿部さんが開発したのは、AI問診で自動カルテ 文書作成を行う「AI問診Ubie」(https://www.introduction.dr-ubie.com/)というシステムだ。2017年にβ版をリリースしたばかりだが、すでに50カ所以上の診療所と2カ所の病院に導入されている。
問診の流れとしては、初診の患者が待合室でタブレット端末などを使い、Ubieが出題する質問に回答していく形になる。主訴や年齢、性別、季節などの要素に基づき、AIが可能性のある疾患と関連が強いと考えられる質問を対話的に作成。患者の回答を受け、自動でQ&Aが進んでいく(図1)。
医師側の画面では、問診結果に基づき約900の病名から関連が強いと考えられた参考病名リストが、問診情報とともに表示される(図2)。医師はこうした情報を事前に得ているため、診察では最初からフェイス・トゥ・フェイスのやり取りに集中できる効果がある。AIが整理した問診情報や参考病名リストは電子カルテに(出力すれば紙カルテにも)貼り付けることができ、カルテ作成に割く時間も短縮可能だ。
また、「Ubieお薬サマリー」という関連サービスを利用すれば、お薬手帳もカルテに取りこめる。すべてがテキスト情報に変換されており、薬効まで一目瞭然となる機能との連動もできる。
費用は、初期費用が無料。月々の利用料は2診察室までの医療機関は月額2万円となっている。導入に必要なのはインターネット環境とパソコン、タブレットのみ。工事や専用端末も必要なく、早ければ申し込み当日から導入できる手軽さもポイントだ。
開発には2013年から取り組んだが、当初の数年は苦しんだ。「研修医として勤務しながら5万件の論文を読みこみデータベースを構築しました。ただデータ量が十分でも、予想外の質問をされてしまうなど、なかなか狙い通りに動いてくれませんでした。質問設定のロジックに関するアルゴリズムが洗練されていなかったのです。しかしある朝、目が覚めたと同時に1つのロジックを突如思いつきました。それがうまく動くことが分かり、技術的に『いける』と確信しました」(阿部さん)
こうして完成したAI問診の精度について阿部さんは「これほど精度の高い問診システムは、海外にもほとんど見当たりません」と自己分析。今後はUbie株式会社の共同代表取締役として普及に努めていく考えだ。
β版を上市して1年強が経過し、現場からの反応も届いている。患者と向き合う時間が確保できるようになったことにより「患者満足度が上がった」という声や、カルテ入力時間が約半分になり効率的な診療が可能になったことで「昼休みがしっかり取れるようになった」「非常勤医師やスタッフの残業が減った」といった効果を評価する声も出ている。
診療面では、症状から参考病名リストが自動表示されるため、「念のために検査をしておこうとか、“気づき”が喚起される効果があるようです」と阿部さん。「陰性症状も表示されるので、先生方にとっては安心につながるのではないでしょうか」
一方患者からは、従来の紙の問診表と異なり記載する手間が省け、また一問一答で進んでいくため、「ストレスが少ない」「簡単」との声が多い。
このほか「回答するリズムが会話をしているようで、自分の疾患や状態を待合室にいる時点で把握してもらっているように感じられ、安心につながる」という予想外の反応もあったという。
さらなる機能充実について阿部さんは、初診時に必要な情報を1つの画面に集約することを目指している。「関連が想定される疾患の詳細情報、例えばエコーのキー画像や標準的なガイドラインが掲載されているサイトをリンクで配置し、ワンクリックで確認できるような機能を搭載するため、ある企業と共同で開発に取り組んでいます」
今後の展開として海外進出も視野に入れている。「医療の問題は世界共通です。アフリカやアジア諸国など医療水準がまだこれからという国々に対し、日本の医療現場で育まれたプロダクトを届けていきたい。世界中に医療そのものを提供することはできませんが、AI問診を活用したサポートで、それに匹敵する大きな貢献ができるのではないかと考えています」(阿部さん)