No.5014 (2020年05月30日発行) P.63
南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)
登録日: 2020-05-15
最終更新日: 2020-05-15
当院に通院している、地元でレストランを経営している40代のネパール人男性。母語はネパール語だが英語も話せて日常会話程度の日本語も分かる。当院では毎日英語の医療通訳者が常駐しており毎回来院時には患者に同伴するのだが、いつも明るく人懐っこい患者さんである。
ある時、耳鼻科で手術をすることになり、担当医は説明と共に術前検査を複数オーダーしたので医療通訳者は患者に同伴することにした。まずは受付で尿検査用のカップを受け取り、通訳者はそれを患者に「urine test、おしっこね」と分かりやすいように英語と日本語で言って手渡した。患者は「OK!はい、はい」と満面の笑顔でそれを受け取り、トイレに入って行った。しばらくして患者は出てきたが、カップはトイレの検査用窓口にしっかり置けたようで手ぶらだった。そして次の血液検査を椅子に腰掛け待っていると、しばらくして看護師が血相を変えて検査室から飛び出し患者の名前を呼びだした。何事かと思って行ってみると看護師は「この人、尿検査してません!カップの中に便してはります!!!」と真剣な顔で訴えた。医療通訳者も驚いたが、振り向くと患者も意味を察したらしく、バツが悪そうに笑っていた。
在留期間が長く日本語を話す患者の場合、「はい、はい」と返事はよくてもどれだけ理解できているかは不明である。筆者も海外在住時は集中しないと外国語が聞き取れず、分からない時は相手に合わせて笑うか頷くかでその場の雰囲気を保とうとした。毎回聞き返すのも大変だし、繰り返されても単語を知らなければ通じない。分かった単語だけ並べて後は連想するのだが、その思い込みや勘違いが医療の場合は重大な結果に繋がる可能性もある。以前日本語が分からないまま娘の手術に同意し、後になって子宮を摘出されていたことが分かった母親がいた。理由は不明だが、娘が子供を産めなくなったことに母親は責任を感じていた。このような事が起こらないよう、医療通訳の介入と理解への配慮を心掛けたい。
南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療]