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【識者の眼】「イスラム教徒の女性に対する産科診療で起きたトラブル」南谷かおり

No.5018 (2020年06月27日発行) P.62

南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)

登録日: 2020-06-02

最終更新日: 2020-06-02

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奥さんの2回目の妊娠で、一人目の息子を連れて来院したイスラム教徒のエジプト人夫婦。ご主人は英語を話すが奥さんはアラビア語しか話せないため、診察はご主人と英語医療通訳者を介したリレー通訳で行われた。

エジプトの病院で出産した3歳になる金髪巻き毛の息子は天使のようで、誰かがお菓子をあげたことがトラブルを引き起こした。母親が目を離したすきに息子は口をモグモグさせながら帰ってきたのだが、母親はいきなり指を息子の口に突っ込み中身をすべて掻き出した。過剰な反応に周囲は驚いたが、それは知らない物を食べているというより、イスラム教が禁じている物を口にしたのではないかという恐れからだった。幸い包み紙から煎餅の類だったことが分かり、説明すると母親はひとまず安堵した。

女性のイスラム教徒は家族以外の男性に肌を見せることが禁じられているため、診察は女性医師が行った。妊娠が順調か確認するため、隣の部屋で内診することをご主人に了承してもらい、奥さんだけが移動した。内診室では奥さんはまさに「まな板の上の鯉」状態でジェスチャーの指示に従い無事に内診を終えたが、退室するや否や廊下でご主人と口論になった。話を聞くと、あのような屈辱的な検査は二度と受けたくないと、承諾したご主人を責めていたのだ。経産婦で内診には慣れていると思ったが、多分ご主人は内診の意味も分からずお決まりの診察だと同意したのだろう。奥さんにエジプトではどのように検査していたのかと聞くと、エコー検査はいつもお腹の上からだったそうだ。

筆者は中学生の頃に、検査着を着せて肌を露出させずに診察する海外での配慮に驚いたものだ。日本の総合病院の内診室はプライバシーを欠いていることが多く、目隠し用のカーテンの向こうでは人が行きかう様子がうかがえ、逆に見えないと何をされるか不安なのでカーテンを開けてほしいという外国人も少なからずいる。日本人が言えないことでも、外国人は変だと思えば意見する。日本とは常識が異なり、またセクハラやパワハラが問題視されるようになり、診察室でも女性に対する配慮は増したが、羞恥心がトラウマにつながらないよう、医療従事者は現状に麻痺せず初心に戻って患者を気遣えるよう心掛けたい。

南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療]

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