No.5037 (2020年11月07日発行) P.61
竹村洋典 (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科全人的医療開発学講座総合診療医学分野教授)
登録日: 2020-10-27
最終更新日: 2020-10-27
「患者中心の医療」は、21世紀になって、英国などが中心となって構築された概念といわれている。米国や豪州においては医療安全の枠組みの中で扱われることが多い。近年では我々の研究においても、患者中心の医療・ケアが患者の受療行動や健康の向上に寄与することが明らかになりつつある。しかし、実は現在も患者中心の医療の定義は定まってはいない。日本では、以下の4つからなるStewart M女史の定義が頻繁に使用されている。
医師は病歴を取り身体診察をし、検査や画像によって病気(disease)を診断する。しかし、診断して治療するだけだと、患者の満足は得られない。医師の追い求める病いのみならず、患者が症状から認識した病い(illness)を見出す必要がある。そしてこの病いに関して、患者の考え、期待すること、今の感情、その病いからどのように身体機能に影響するかを認識する必要がある。
例えば、数日前からの鼻汁や咳嗽で、医師が上気道炎を疑っても、兄が肺癌になっている患者にとっては肺癌を考える。そして、風邪薬ではなく胸部エックス線写真を撮ることを期待しているのかもしれない。そのために会社を休んで医療機関を受診していれば、それだけ不安になっていることがわかる。
患者の受療などの行動は、病気だけではなく、患者の様々なバックグラウンドによって影響を受ける。身近なものでは、仕事、人間関係、家族などである。社会的、経済的な因子も患者の病状に影響する。さらには文化、コミュニティー、人種なども患者の医療に影響を及ぼすこととなりうる。
医療が医師の言うままになってはならない。いかにいい検査、いい治療であっても患者やその家族の了解なしに進めることはできない。患者と医師との共通の理解基盤を見出して診療を行う必要がある。
患者医師関係よりも診断や治療のような科学的な事象が重要と思われがちである。患者との関わりを避けることで医師が守られると考えられやすい。しかし、実際には患者医師関係を強化することこそが、患者を癒す力の源である。
【参考文献】
▶Stewart M, et al:Patient-centered medicine. Transforming the clinical method. 3rd ed, CRC Press, 2013.
竹村洋典(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科全人的医療開発学講座総合診療医学分野教授)[総合診療]