No.4772 (2015年10月10日発行) P.15
長尾和宏 (長尾クリニック)
登録日: 2016-09-08
最終更新日: 2017-02-10
「医者に殺される」「がん検診は無駄」「がんは放置せよ」といった医療否定本、極論本がこの2~3年間、大きなブームになっている。医療を徹底的に叩く本を書けばバカ売れする時代が続いている。その代表が元慶應大学の近藤誠氏の一連の著作である。
私ごとで恐縮だが先日、実家に帰ったらめったに本を読まない母親の寝床にも近藤氏の本が2冊置いてあり、その影響力を実感した。しかも赤線を引きまくり、折り込みまでしてあった。彼の本ががん患者や高齢者をそこまで惹きつける理由とは何なのか。
どこか胡散臭いと思いながらも、なぜかくも多くの市民がそんな極論本を支持しているのか。もしかしたら内容の科学的真偽よりも、患者の本音を代弁しているのではないだろうか、と思い至るようになった。一方、まだ助かる段階にあるがんを放置した結果、命を失うという明らかな“犠牲者”も増え続けていて、もはや看過できない社会現象だ。
がん専門医は概ね、「そんな奴は放置しておけ、相手にするな」というスタンスだった。詭弁への反論は極めて困難で、そんな無益なことにエネルギーを注ぐ暇など無いのが臨床医の本音だろう。しかしがん医療界がほとんど反論しないので、「近藤誠理論は医学界で認められた」と市民やマスコミは受け止めた。100万部を超えるミリオンセラーになった『医者に殺されない47の心得』に続いて『がん放置療法のすすめ』など氏の主張はエスカレートした。それでも、がん医療界は沈黙を続けた。
そんなある日、ある出版社から「医療否定本ブームに反論する本を書いてくれませんか?」という依頼が舞い込んだ。「ええ? 私のような町医者に、なぜ?」。すると「がん専門医は、お立場や病院内の色々なしがらみがあって書きたくても書けないようです。このテーマで書けるのは町医者しかいませんよ」。その言葉に踊らされて『「医療否定本」に殺されないための48の真実』(扶桑社)という本を書いた。予想通り、近藤誠氏を信奉する市民から総攻撃を食らい、現在も続いている。教祖様に異論を唱えると、ネット上の匿名社会ではどれだけ石を投げられるのか、いい経験をさせて頂いた。
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