No.5048 (2021年01月23日発行) P.61
杉浦敏之 (杉浦医院理事長)
登録日: 2020-12-23
最終更新日: 2020-12-23
筆者は医師会や日本尊厳死協会での活動を通じてACP(advance care planning)について啓発の機会を得ているが、その際に「100万回生きたねこ」の作者である佐野洋子氏に影響された言葉がしばしば口をついて出てくる。彼女は72歳の時に乳癌で他界されたが、エッセイの中で、「死ぬとわかるのは、自由の獲得と同じだと思う」と語り、余命を宣告されてから「毎日がとても楽しくて仕方がない」状態になった。「死」を忌み嫌うことが多い日本で、このようなことを考える人がいることに当初は衝撃を受けた。ただ、以前自分の死を考えずにいた時は惰性で毎日を過ごしていたと思い当たり、人生に期限があると意識してから、それまでにどのように生きるかを考えるようになったなと納得した自分に気づいた。確かに癌などにり患して余命を意識してから、それまでごく当たり前に生活していた日々をいとおしく感じる人の話はよく耳にする。そのような人にとってそれ以後の毎日はより有意義なものとなろう。ACPの第一の意義はそこにある。「人生会議」をすることにより、対象者のその後の人生をよりよくするのである。ACPはそれまでの人生に満足している患者に対しては円滑に進む印象がある。したがってACPを進めるにあたって重要なことは、その対象となる人の人生を肯定し、それまで生きてきた意義をともに見出すことである。
さらにACPの形成に参加したメンバーは、本人が亡くなった後の「心残り」を少なくすることができよう。自身の「死」をもイメージすることにより、その後の人生をいかに過ごすかを考え、ひいてはその後の日常を有意義に送るきっかけとなるのではないだろうか。それがACP第二の意義である。
人生の終焉を目前にしながら、正面から自分の「死」に向き合い、最期まで凛として亡くなられた患者、また亡くなるまで思い悩んだ患者に多く出会ってきた。そのような患者に出会い、いろいろなことを教わることは医師として、かけがえのない財産だと感じる。そして最近はこのように思うようになった。「死」に正面から向きあい、率直に話し合う状態は「健康的」、「死」から目をそらし、ふたをしてしまう状態は「不健康」であると。
1年間、拙文にお付き合いいただいた読者に感謝します。
杉浦敏之(杉浦医院理事長)[現在の日本の医療体制下で安らかに人生を全うするには? ⑫]