No.5052 (2021年02月20日発行) P.59
浅香正博 (北海道医療大学学長)
登録日: 2020-12-25
最終更新日: 2020-12-25
1990年代に入って胃・十二指腸潰瘍の治療は大きな転機を迎えていた。H2ブロッカーやPPIなどの強力な酸分泌抑制薬の登場により、治癒に至らない症例が数多く見られ、外科の病気とも考えられていた胃・十二指腸潰瘍が内科的療法で確実に治癒に導かれるようになってきたのである。したがって、潰瘍を治すという点ではゴールが見えてきていた。ところが、治癒した潰瘍はきわめて再発しやすいことが明らかになってきた。治癒後、薬剤を中止すると70〜90%が1年以内に再発するのである。消化器系学会では、どのようにして潰瘍再発を防ぐのかが大きな問題となり、毎回シンポジウムなどで取りあげられていた。胃・十二指腸潰瘍の原因がピロリ菌とNSAIDS(非ステロイド系消炎鎮痛剤)に集約されてくると、ピロリ菌除菌でどのくらい再発が抑制されるかが議論となり、“pH or HP”というキャッチコピーが話題となった。潰瘍の予防には、酸を抑制する薬剤の使用とピロリ菌除菌のどちらが良いのか真剣に検討されていた。この件は世界でもわが国でもまもなく決着がついた。ピロリ菌除菌が圧倒的に有用であったのである。
ピロリ菌除菌により、胃・十二指腸潰瘍の再発が維持療法なしにほぼ抑制されることが明らかになってくると、なぜ保険が適用されないのかという声がわが国で多く聞こえるようになってきた。わが国の皆保険制度は世界に誇れる優れた制度であるが、保険を通す基準はきわめて厳しく、プラセボを使用した二重盲検試験を行い、有意差が出なければいけなかったのである。このため世界中で胃・十二指腸潰瘍の治療の主体がピロリ菌除菌に変わっていった時に、わが国のみが潰瘍治癒後にも延々と維持療法を行っていたのである。大規模臨床試験が終了し、わが国でもピロリ菌除菌療法が医療保険の適用を許されたのは、2000年11月のことであった。この時痛感したのは、ピロリ菌除菌が潰瘍再発予防に有効であることをほとんどの人は理解していなかったことである。多くの医師もその重要性を認識せず、抗生剤を潰瘍治療に使用するなど論外であるとの考えを持っていた。しかし、保険が通り多くの患者の治療が行われると、潰瘍再発は劇的に減少し、胃・十二指腸潰瘍の患者数は10年で60%も減少したのである。私は大規模臨床試験の治験総括医師を務め、厚労省との交渉役も務めていたため、保険が通り、その結果として潰瘍で悩む人の数が著しく減少したことに心から満足をしていた。
浅香正博(北海道医療大学学長)[除菌療法]