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【識者の眼】「ワクチン接種が明らかにした置き去りにされる人々」武田裕子

No.5072 (2021年07月10日発行) P.59

武田裕子 (順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)

登録日: 2021-06-15

最終更新日: 2021-06-15

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まず、前回(No.5066)ご紹介したご夫妻のその後をお話しします。小さな文字でぎっしり書かれた「ワクチン接種のお知らせ」のURLやQRコードを前に途方に暮れていた90代のご夫婦です。リダイヤルとスピーカホンを用いて電話をかけ続ける技をお教えした2週後の訪問診療が、ちょうど予約開始日でした。お昼前に到着すると、いつもは弾ける笑顔で挨拶してくださる奥様が、疲れた表情でドアを開けて下さいました。朝6時から遠方の妹さんを相手に電話の練習をしたけれど、どうしてよいか分からなくなったと憔悴しきっています。ワクチン予約という行為が、これほどまでにウェルビーイングを損ねるものかと衝撃を受けました。幸いお住いの自治体ではネット予約がスムーズで、訪問中にご夫妻の予約を取ることができました。私の担当患者のうち、最初の受付で予約が取れたのは10人に1人程度。手伝える家族や親族がいる方々です。ある独居の患者さんには、「“安心してお待ちください”と書いてあるから待っているけど、一向に電話がかかってこない」と相談されました。

国連のSDGsの基本理念は「誰も置き去りにしない」です。折しも、G7サミットで途上国へのワクチン提供合意が報道されています。今回のワクチン接種は、置き去りにされる人々が身近にいることを教えてくれました。視力の弱い方は、「封筒の点字でワクチン接種の大事な通知と分かったけれど、中を開けたらただの紙だった。音声が出てくると期待して読み取ったQRコードも、ウェブサイトが出ただけだった」とガッカリしていました。ろう者の方は、接種会場に「耳マーク」があれば安心なのに、と言われました。遠方の会場まで行けない方々には、近隣の医療機関や訪問診療での接種が可能な自治体に住んでいるかどうかで差が生じています。

いよいよ65歳未満の住民の接種券配布も始まり、自治体は準備に奔走しています。特に多くの外国人住民を抱える自治体では、封筒に接種券が入っていることやウェブ予約の情報をどう伝えるか、予診票の書き方と当日の持ち物、現場でのコミュニケーションの対応に悩んでいます。厚労省のサイトには多言語予診票がありますが、日本語に書き写す必要があります。そのため、ある自治体では薬局がお手伝いを始めました。急ぐからこそ、システム構築を待たずに手助けをしませんか? 様々な状況への配慮が、共通の課題解決につながり、誰も置き去りにしない社会をつくります。

武田裕子(順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)[SDH][SDGs][ワクチン接種][「誰も置き去りにしない」]

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