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【識者の眼】「PTSDの症状をめぐって」堀 有伸

No.5091 (2021年11月20日発行) P.59

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2021-11-05

最終更新日: 2021-11-05

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ここのところ突然に「複雑性PTSD」のことが話題になり、正直なところ驚きました。これはとても重要な概念なので、世間一般に知られるようになったことを喜ばしく感じています。一方で、その内容は本当に「複雑」ですから、誤解が生じないようにすることも大切だと感じています。

そもそも複雑性PTSDの話に入る前に、PTSDそのものについて説明が必要かもしれません。「トラウマ」になるような強烈な体験をすることで、その刻印が心と体に押されてしまい、その後長い年月にわたって特徴的な反応を引き起こすようになる病態のことだと、とりあえずは理解していただいてよいと思います。「トラウマの感覚を内臓が記憶している」と論じる人もいるほどで、人間が本能的な水準で脅かされている生々しい出来事がPTSDなのです。

PTSDの方は、「トラウマ」に触れられなければ、まったく普通に見えます。しかしトラウマを思い出させるような刺激に触れると、スイッチが入ったように強い恐怖と狼狽を伴う反応が生じるのです。このような反応が頻繁に起きては日常生活が成り立たないので、PTSDの方はトラウマ刺激にさらされることを極力避けようとします。

PTSDの方がトラウマ記憶を思い出すのは、しみじみと過去のことを偲ぶというのとは、まったく異質な経験です。その記憶が、突然、暴力的に「意識の中に侵入」してきます。その経験は悪夢であり、また、覚醒時に生じれば「フラッシュバック」と呼ばれます。トラウマ記憶を「再体験」させられることで、PTSDに苦しむ患者は突然に受動的な立場に追いやられます。不条理に暴力的な事態に一方的に巻き込まれて蹂躙されてしまうことで、自分であるとか、世界であるとか、世の中一般への信頼が損なわれ、否定的な物の見方が強まってしまうことが少なくありません。結論だけ聞けば「悲観的過ぎる」「懐疑的過ぎる」内容であっても、本人が経験したことをよく聞いてたどれば、「そのように感じたとしても不思議はない」と思えることが少なくありません。覚醒亢進と言われる、心と体が常に強い恐怖をもたらす体験に対して身構えて緊張を続けている状態になります。逆に、麻痺したように無感覚になることもありえます。

日本における生涯有病率は1.3%程度と推定されています。

【参考資料】

▶Kawakami N, et al: J Psychiatr Res. 2014;53:157-65.

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[PTSD]

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