No.5111 (2022年04月09日発行) P.58
野村幸世 (東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)
登録日: 2022-03-31
最終更新日: 2022-03-31
ロシアのウクライナ侵攻が始まって、1カ月が経つ。新型コロナウイルスの話が落ち着いていないにもかかわらず、ウクライナの話題の方がニュースのメインとなった。先日、ウクライナに留まり、障害のある小児医療に携わる医師が「21世紀になってこんなことがあることが信じられない」と言っていた。私もまったく同じ気持ちである。こんなことが許される社会なのだろうか。つくづく、人間とは浅はかな生物だと思わざるをえない。
1990年に起こった湾岸戦争の時も同じような気持ちになった。当時、研修医であった私は、術後の合併症により重症となった患者さんを抱え、1カ月以上、病院に寝泊まりをしていた。その頃は、重症患者をICUのドクターが管理してくれるシステムもなく、外科で、同じ受け持ちが交代することなく、管理をしていた。患者さんも死にそうだが、研修医である私も死にそうであった。この時も、たった一人の患者さんのために、こんなに頑張っているというのに、兵器による大量殺戮を行うとは何事かと思った。
ロシアの戦争に反対する人々も悲劇である。犠牲者も出ている。恐らく、世界の人類の過半数、そして、ロシアの国民の多くも今回の軍事侵攻には反対をしているだろう。それなのに、プーチンの独裁を止められないのだ。これは、1つにはシステムの問題もあると思う。一人の独裁者の横暴を止められないシステムそのものが問題なのだ。ヒトはいつでも一般には理解しがたい判断を下すこともあり、独裁者たりうるものと認識し、暴走しないようなシステムを構築することが必要と思う。
医局とて同じようなものである。権力を持った独裁者を誰も止められない。その方針に反対していても、引き金を引くロシア兵と同じように、保身のためには自分のポリシーに反することもやらざるをえない人間がいる。どのようなシステムを構築したら、独裁者の暴挙を抑止しうるのかは私もわからない。しかし、強大な権限を一人の人間に付与すること自体がやはり危険を孕むのではないかと思う。権力の分散、また、方針には従えない者の異動を容易にする必要性があるように思う。一人の強い人間の指導に従ったほうがその集団は強くなるであろうが、今回のプーチンのような危険を孕んでいることを認識したい。
野村幸世(東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)[ウクライナ侵攻]