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【識者の眼】「有事における医療体制」鈴木隆雄

No.5115 (2022年05月07日発行) P.59

鈴木隆雄 (Emergency Medical Centerシニア・メディカル・アドバイザー)

登録日: 2022-04-08

最終更新日: 2022-04-08

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有事の医療体制を北イラクで見てみる。政府からの負傷者対応依頼で、外科病院長は以下を指示。①救急手術以外、その時点以降の手術停止。②予想される負傷者数に合わせた入院患者の退院。③関係する各部署長にまず3〜7日間・24時間フル体制の院内就労・院外待機者リストの作成。普通、患者退院は半日以内に終了する。負傷者が多くなると、術後患者用に内科系病院の患者も退院させる。

2016年、イラク・モスルに陣取るイスラム国の撃退作戦では、多くの負傷者が北イラク西部の病院に送られた。負傷者が増加し、一般外科病院の手術室だけでは足らなくなり、心臓や脳外科病院も負傷者用となる。さらにはすべての外科系私立病院も負傷者用となった。手術困難な症例のみ、その領域の専門医が行い、それ以外はすべての外科医が分担した。私立病院の医療材料は病院が購入したもの。患者から治療費は請求せずとも、材料費は政府に請求したかと同僚に尋ねたら「こんな時期に頼めると思う?」と。悪いけど笑ってしまった。

1991年の湾岸戦争後、イラク経済は世界でも最貧だった。普段の手術室は、外科医が手術をこなそうにも、手術室スタッフは、点滴が足りない、酸素が足りない、この患者は高血圧だとか、何かと難癖をつけて手術を減らそうとする。経済が疲弊した社会の姿である。そこに内戦が始まった。朝方突発的に始まりその後、負傷者は増えるばかり。手術室だけでなく廊下でも手術するが負傷者はそれ以上。器具洗浄から検査までフル回転でも追い付かない。すると非番のスタッフが、普段は難癖ばかりつける連中も病院にかけつけてきた。病院を挟んで撃ち合いが行われ、病院に近づくのも危険なのにだ。危機になると、人は皆が一丸になるのを知った。

民主国家では、入院患者を強制退院させるのは難しいかもしれない。しかし普段から準備すれば、むしろ民主国家だからこそ、国民はより協力してくれると思う。

鈴木隆雄(Emergency Medical Centerシニア・メディカル・アドバイザー)[北イラク]

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