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【識者の眼】「COVID-19と抗ウイルス薬(1)」西條政幸

No.5120 (2022年06月11日発行) P.57

西條政幸 (札幌市健康福祉局・保健所医療政策担当部長、国立感染症研究所名誉所員)

登録日: 2022-05-24

最終更新日: 2022-05-24

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今から約40年前に単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)、同2型(HSV-2)、水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)に対するアシクロビルが開発された。アシクロビルは細胞の代謝機構を阻害することなくウイルスの増殖を特異的に抑制する機序を有する画期的な薬剤で、アシクロビルを開発したElion博士はその業績によりノーベル賞を受賞した。

急性ウイルス感染症には、インフルエンザウイルスやRSウイルス、アデノウイルス等による呼吸器ウイルス感染症、麻疹や風疹等の発熱性発疹症、ムンプス、ロタウイルスやノロウイルスによる消化器感染症、ヘルペス脳炎や日本脳炎などの中枢神経感染症、デング熱やジカウイルス病などの蚊媒介性ウイルスによる発熱性発疹症、エボラウイルス病や重症熱性血小板減少症候群(SFTS)などのウイルス性出血熱がある。一方、慢性ウイルス感染症には、HBVやHCVによる肝炎、HIVによるAIDS、麻疹ウイルスによる亜急性硬化性全脳炎やJCウイルスによる進行性多巣性白質脳症がある。

これら多岐にわたるウイルス感染症の中で、有効な抗ウイルス薬がある感染症は、急性感染症ではHSV-1、HSV-2、VZV、ヒトサイトメガロウイルスによるヘルペスウイルス感染症、インフルエンザウイルス感染症のみで、慢性感染症ではHCV、HBVによる肝炎とAIDSである。

ウイルスは宿主(ヒト)の体外に出た瞬間は遺伝子と蛋白質からなる物質に過ぎないが、一度宿主に感染し細胞に侵入すると細胞の持つ代謝機構を利用して増殖する。ウイルスは体内の細胞内で増殖または潜伏感染しているときには細胞の構成物質として存在する。抗ウイルス薬(抗体製剤を除く)は、ウイルスが増殖する際に利用している細胞の代謝機構を阻害することなく、ウイルスの増殖を抑制させる機序を有する必要がある。そのためヒトに投与可能な抗ウイルス薬の開発は簡単ではなく、抗ウイルス薬で治療可能なウイルス感染症の対象疾患が限定的であることの理由である。

このように抗ウイルス薬を開発し、治療効果を調べる臨床研究も簡単ではないにもかかわらず、抗ウイルス薬、モルヌピラビル(Merck、RNA合成酵素阻害薬)やニルマトレルビルとリトナビルの合剤(Pfizer、プロテアーゼ阻害薬)が既に臨床応用されている現状は、きわめて画期的な出来事と考えられる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンがCOVID-19発見から約1年後には臨床応用されている現状と合わせて、治療薬やワクチン開発がこれだけ迅速になされていることに、抗ウイルス薬研究を続けてきた筆者は驚きを禁じえない。

西條政幸(札幌市健康福祉局・保健所医療政策担当部長、国立感染症研究所名誉所員)[ウイルス感染症][治療薬]

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