No.5134 (2022年09月17日発行) P.65
徳田安春 (群星沖縄臨床研修センターセンター長・臨床疫学)
登録日: 2022-08-30
最終更新日: 2022-08-30
あるケースについて研修医から相談を受けた。救急室に受診した70歳代男性のケース。前胸部痛で深夜に受診したが、診察や心電図、胸部単純X線写真、造影CT検査で異常がないとのことだ。症状が続くので、患者さんは観察室で休んでいた。
追加の病歴は、数年前からの高血圧症があること、発症様式は受診数時間前に突然発症したことだ。血液検査では、血清トロポニンは正常だが、Dダイマーは軽度上昇していたため造影CTが撮像されていた。造影CTでは肺塞栓症や大動脈解離偽腔を示す所見はなかった。
身体診察をやってみた。身体診察は鑑別診断に基づいて行うべきである。救急担当医師の役割は、鑑別診断の中で、キラー疾患を見逃さないことだ。胸痛のキラー疾患を表に示す。
今回のケースで、やるべきことは前傾姿勢での聴診である1)。これにより拡張期雑音を確認できた。前傾姿勢になると、心臓が前胸壁に近づくので、大動脈や心膜の病変が聴かれやすくなる。
拡張期雑音はすべて病的だ。このケースでは、S2(2音)から始まる拡張早期漸減性雑音。大動脈弁閉鎖不全症(aortic regurgitation:AR)、肺高血圧症での肺動脈弁閉鎖不全症が代表的。急性大動脈弁閉鎖不全症の聴診にはピットフォールがある。急性では、左室のリモデリングが間に合わない。拡張中期に左室圧が急激に上昇し、左室と大動脈との圧較差が小さくなるので、雑音の大きさが小さくなり、短くなる。しかも、人間の聴診は拡張期雑音に弱い。S2の増強と解釈されることもある。中等度のARでさえ聴き逃されやすいのだ。
ケースの造影CTで偽腔が造影されていなかったのは血栓閉塞による影響だった。単純CTを見直してみると、上行大動脈壁内に密度の異なる所見を認めた。正式な読影により、血栓閉塞型のStanford A型大動脈解離であることが判明し、緊急で入院治療が開始された。
【文献】
1)Dr. 徳田のフィジカル診断講座. 日本医事新報社, 2014.
徳田安春(群星沖縄臨床研修センターセンター長・臨床疫学)[キラー胸痛疾患][大動脈解離]