No.5134 (2022年09月17日発行) P.56
鈴木貞夫 (名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)
登録日: 2022-09-02
最終更新日: 2022-09-02
すべての新型コロナウイルス感染者の氏名などを確認する「全数把握」の見直しをめぐって、議論が錯綜している。議論の始まりは、8月23日の全国知事会の緊急声明1)で、「発生届の対象を高齢者やハイリスク患者に限る」としたことで、医療・保健現場での負担軽減を図ることを目的としている。また、同日、日本医師会会長の定例記者会見でも同様の趣旨が述べられている。それを受けて、24日に岸田首相から示された方針は、都道府県の判断で医療機関から保健所への発生届を高齢者らに限定できるようにするというもので、自治体に判断を委ねた点に批判が相次いだ。
この仕組みを厚生労働省に申請した自治体は、宮城、茨城、鳥取、佐賀のわずか4県で2)、知事会のガバナンスが問われる結果ともみえるが、これで軽減される現場の負担と、システム改変に伴うリスクのバランスの悪さも指摘されている。私が考える問題点は大きく2つある。1つは「届出対象外への管理や支援ができなくなる」こと、もう1つは「分析ができなくなる」ことである。疫学的には後者は大問題であるので、そちらについて説明する。
コロナ禍初期から現在に至るまで、都道府県から毎日厚生労働省に上げられる感染情報は、個票に基づいており、集計したものが毎日公開されている。日頃目に触れる、感染者・死亡者の数の情報や年代別集計は、この見直しを受けても同様に発表できるので、一見、従来と変わらない情報が収集できているかのように思うが、個票に基づかない集計データは、個人レベルのデータのリンクができていないので、集計はできても、分析は一切できなくなる。
現場の負担になっているのは、入力項目の煩雑さであり、多くの国では、デジタル的なリンクで自動化されている。以前問題になったワクチン接種歴問題も、「不明」が多いことが原因で、接種そのものが混乱なく行われている以上、リンクは可能で、情報収集を聞き取りで行うことが時代錯誤ですらある。現時点で、ほとんどの自治体で個票のネット公開が、個人識別ができない形でなされている。しかし、ワクチンや生死の情報が項目にないため、分析できることは著しく限られている。感染者情報、ワクチン情報、生死情報があれば、ワクチンの死亡抑制効果を分析できるはずで、このような分析が行われていれば、個票による全数把握の意義も、もう少し国民的に受け入れられたかと残念に思う。
【文献】
1)全国知事会:「新型コロナウイルス緊急対策本部 役員会議」の開催について. (2022年8月23日)https://www.nga.gr.jp/data/activity/committee_pt/shingatakoronauirusukinkyutaisakukaigi/R4/1661220093008.html
2)時事ドットコムニュース:「全数」見直し, 4県が申請. 先行開始, 来月2日に延期─新型コロナ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022082900662&g=socl
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[新型コロナウイルス感染症]