No.5158 (2023年03月04日発行) P.64
小野俊介 (東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)
登録日: 2023-02-09
最終更新日: 2023-02-09
先日の経口コロナ薬の承認のドタバタ、いかがでしたか。普段は隠されている承認審査の儀式をYouTubeが曝してくれた。「承認審査は神事」なのだが、どこがどう神事なのか、その背景を理解してもらうには若干の説明が必要である。まずは承認審査のご本尊、「薬が効く」という表現の怪しさを取り上げる。
お堅い言葉としては「有効性」。有効性って何だろう? 先日のコロナ薬では「ウイルスが減ること」「症状の改善」「熱が早く下がること」と百人百様の、混乱した主張が展開された。こうした混乱は確かに大問題だが、ある意味わかりやすい混乱である。有効性という語にはもっと深い闇がある。
「薬が効く」という概念は、「誰か(薬が効く対象)」が存在して初めて有意味になる。そこで想定される「誰か」って誰だろう。患者の誰か? 患者全体? 一人一人? それともヒトの集合(集合は要素とは違う)? 現実世界に固有名で存在するあなたや私? 亡くなった人たちや生まれてくる赤ちゃんは? 統計学者は平気で「平均人」という奇妙な架空人を持ち出すけど、それって一体誰だ?……
どの「誰か」を採用するかで「薬が効く」の意味(文の真偽)がはっきりと異なることは、論理学のモデルを持ち出すまでもなく理解できるはず。普段は言葉のこうした根本的な意味など意識する必要はないのだが、新薬の承認などの社会的規制の文脈になるとそうした意味が重要になる。が、当局や学会がそんな議論をしているのを一度も聞いたことはない(でしょ?)。議論の不在は、国民の健康に重大な影響を現に及ぼしているのだが。
たとえば、最近のグローバル製薬企業(日本企業を含む)は結構横着で、「外国のデータだけで日本での新薬の承認を貰えて当然」と思っている。でもちょっと考えて頂きたい。そうした承認申請で主張される「有効性」っていったい何なのだろう。企業も当局(厚生労働省・医薬品医療機器総合機構)も妙に自信満々に「ブリッジング戦略」だの「多地域共同試験」だのと、規制ガイドラインに書いてある小理屈を持ち出して、「本薬の有効性は検証された」などとすました顔をしている。しかし、そもそも「有効性」の意味なんて誰も定義したことがないのだ。そんな状況で、この人たちよくもまぁすました顔してられるよなぁ、と常々不思議で仕方ないのである。
今の新薬の承認審査は「裸の王様」の世界そのものに見える。
小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[医薬品の承認審査]