早いもので、2023年も半分が過ぎましたね。山下です。さて今回は、No.5172で紹介した情報提供義務違反による「金銭の性質」というお話を前提として、医療法人等が負う訴訟リスクを、公的な給付の「肩代わり」という観点で説明したいと思います。
No.5160で紹介した特別児童扶養手当の裁判例では、公的な機関(行政の窓口)が、公的な給付(特別児童扶養手当)について、適切に情報提供をしなかったため、公的な機関が、損害賠償を支払う義務を負うことになりました。ここでは、特に「肩代わり」は起きていません。
ところが、No.5164で紹介した、医療法人のケアマネジャーが負う情報提供義務の裁判例では、医療法人が、介護保険法上のいわゆる補足給付に相当する金額を、損害賠償として支払う義務を負いました。
本来、補足給付は介護保険法上の給付ですから、介護保険の保険者(市町村など)が給付の主体です。しかし、医療法人のケアマネジャーが補足給付に関する情報提供義務に違反したことにより、医療法人が損害賠償として補足給付に相当する金額をいわば「肩代わり」するかのような結果になっています。
このように、情報提供義務に関する裁判は、給付(金銭)の性質を「変容」させることで、給付主体を事実上「転換」させる結果が生じることがあります。上記の例で言えば、金銭の性質が「補足給付そのもの」から「補足給付相当額の損害賠償」へと変容することによって、給付主体が「介護保険の保険者」から「医療法人」へ転換している、とみることができます。
さらに、No.5169で紹介した産科医療補償制度の例を考えてみましょう。
分娩に関連して発症した重度脳性麻痺について、総額3000万円にのぼる補償金の支払いを実施する主体は、産科医療補償制度の運営者である「公益財団法人日本医療機能評価機構」です。しかし、もし分娩を担当した医療法人等が、重度脳性麻痺児の家族に適切な情報を提供せず、その結果、その家族が産科医療補償制度を期限までに申請できなかった場合には、医療法人が、補償金相当額(つまり最大3000万円)の「損害賠償」の支払義務を負う可能性があります。このような意味で、主体の転換=「肩代わり」が起きる恐れがあるということです。
情報提供の法的義務がいかに重要か、再確認して頂けたでしょうか。
山下慎一(福岡大学法学部教授)[情報提供の義務][介護保険][損害賠償][訴訟リスク][産科医療補償制度]