以前にもキャッチアップの話をした。今回も同じ話をする。同じ話をするのは、問題が残存しているからだ。
Catch upとは遅れたものを取り戻すという意味だ。人間、予定通りにことが進むとは限らない。予防接種が典型で、熱が出たり、親に仕事が入ったり、つい忘れたりして、期間内に予防接種が完遂しない。特に日本では長らく「同時接種」が推奨されてこなかったし、育児の負担が母親側に強くかかり過ぎな日本社会の問題も相まった。「遅れ」の発生は構造的必然だったのだ。
HPVワクチンは行政が長く接種の機会を阻んできた。敢えていう。阻んできたのだ。「積極的推奨の差し控え」などという、くだらない言葉遊びを僕は許容しない。要は行政の不手際なわけで、責任を取るのは当然だ。
これまで厚生労働省は頑ななまでにキャッチアップを拒んできた。「キャッチアップ」と口に出したら死ぬ奇病にかかっているかのように。しかし、HPVではようやく罪滅ぼしのための「キャッチアップ」という言葉を使うようになった。僕が知る限り、厚労省がこの言葉を使うのは初めてだ。
残念ながら厚労省の「キャッチアップ」では足りない。国際的な常識には追いついていない。キャッチアップできていないのだ。
米国CDCではHPVワクチンは11〜12歳に推奨される。が、ワクチンの効果が十分期待できる9〜26歳の間でも接種は可能だ。27〜45歳でも医師が大きな利益を期待した場合は接種できる1)。これがHPVワクチンのキャッチアップの「幅」である。
翻って日本ではキャッチアップは2025年まで2)。再来年までしか提供されない。こんなの、キャッチアップとは到底いえない。間に合わない人が多々発生するだろう。
日本では9価のHPVワクチン導入が遅れたため、自費でこれを接種した人もいる。そこで神戸市などはそういう方への接種費用の助成をしている3)。これはこれでいいのだが、うちの長女は2011年生まれだからこの制度の恩恵も受けられなかった。ちなみに、現在はHPVワクチンは3回ではなく2回で十分予防効果があると考えられ、CDCなどでも推奨は2回だ(12歳までは)。だから2回分の出費で済んだのだが、それでも大きな出費なのは変わらない。うちの娘のようなケースは多々あろう。
細かく作りすぎた制度は漏れが多いダメ制度が多い。大雑把でも良いから漏れを出さないシステムのほうがより堅牢だ。日本の官僚は重箱の隅をつつき過ぎて真ん中がスッカラカンのことが多い。ざっくりでいいから本質的な制度に直してほしい。
【文献】
1)CDC公式サイト:HPV Vaccination Recommendations.
https://www.cdc.gov/vaccines/vpd/hpv/hcp/recommendations.html
2)厚生労働省公式サイト:ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種を逃した方へ〜キャッチアップ接種のご案内.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/hpv_catch-up-vaccination.html
3)神戸市公式サイト:子宮頸がん予防(HPV)ワクチンを自費で接種した方への費用助成(償還払い)について.
https://www.city.kobe.lg.jp/a00685/kenko/health/infection/vaccination/hpv/syoukan.html
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[HPVワクチン]