No.5189 (2023年10月07日発行) P.65
渡部麻衣子 (自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)
登録日: 2023-09-21
最終更新日: 2023-09-21
先月はストックホルムに引っ越したことをご報告しました。今月は科研費の国際共同研究加速基金(海外連携研究)に採択されたとの報告も受け、いよいよ研究活動を本格化しつつあります。渡航前に、ウプサラ大学ジェンダー研究所とは別に、カロリンスカ研究所のDepartment of Clinical Science,Intervention and Technologyにも客員研究員となる内定を頂いていたのですが、採択に伴ってこちらも正式に認められました。そんなわけで恵まれた滑り出しとなっております。
この原稿を書いている9月半ばは、日本では大学によってはまだ夏休みの時期ですが、スウェーデンの大学の年度初めは8月半ば。すでに新年度が明けて1カ月ほどが経ちました。この間に経験した最も興味深いことといえば、ウプサラ大学ジェンダー研究所が主催した研修に参加したことです。この研修は、研究所からバスで小一時間の場所にある「シグトゥーナ財団(Sigtunastiftelsen)」という名の施設で、2日間にわたって開催されました。
施設のウェブサイトによると、シグトゥーナ財団は、1930年にノーベル平和賞を受賞したウプサラ大学出身の聖職者、ナータン・セーデルブロムが、人類の思考と内省を促すための私的文化施設として設立したとのこと。そのような背景にふさわしく、研修では教授、研究員、院生、事務職員全員が同じテーブルについて、多様な背景を持つ人の集まる研究所の環境を健全に保つために必要な配慮について意見を交わしました。
国によらず、研究機関の雇用形態は多様で、配偶者や子どもの有無によって働き方は変わります。必ずしも自身の選択の結果ではない理由で不安定な雇用状態に置かれる人が増えると、互いの関係は悪化しがち、ということは何となく想像頂けるのではないでしょうか。研修では、そのことを全員がそれぞれに言語化し、予防策をともに考えました。中でも「あなたの適切な仕事量は、他者の仕事環境で決まる」という言葉は、大変印象に残りました。これはつまり「他人に当たり散らすほど仕事でストレスを抱えることは御法度」ということです。
また、話しはじめるのは必ず若手から、という会議の構成にも感銘を受けました。同席した英国や米国から来た研究者も、「こんな会は初めて」と目を輝かせていました。会議中、ある若手研究者の発した「学術界全体は変えられないけれど、私たちの研究所は変えられる」との言葉に、自身の経験の普遍性を感じ取るとともに、未来への希望を持つことのできるとてもよい機会となりました。
渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[ウプサラ大学ジェンダー研究所]