昨年本連載の依頼を受け、「コロナ禍も一段落し、1年間災害・地域メンタルヘルスの立場から医療の課題について論じていきたい」と書こうとしていた元旦に、能登半島地震が起き、人的物的に甚大な被害が生じた。
私も災害派遣精神医療チーム(DPAT)の一員として能登にいき、精神医療支援に短期間従事した。ほとんどの道路が寸断され、断水が続く被災地の厳しい生活環境の中で、心配だったのは地元医療者の疲弊である。医療機能が損なわれた自院にとどまり、広域搬送後にも残る患者への医療に奔走しつつ、自らも被災してライフラインの途絶した家を顧みなければならない医療者のストレスは明らかに過大であった。
疲弊した医師に代わって診療を行った精神科外来では、看護師から「病院職員の疲弊がひどい。自分の家は壊れて住めない人もいる。疲れたと泣いてしまう子も多い。何か支援はできないのだろうか」と嘆きの声を聴いた。わずか1週間の支援活動であっても、疲労困憊で帰ってきた日に、「被災地の病院看護師が大量辞職」という記事をみて、どうしたらよかったのか頭を悩ませた。
災害メンタルヘルスの知見によれば、災害時の医療者や救援者には、自ら被災しながらも支援活動を優先させなければならない役割ジレンマ、被災者に不安をみせられない職業意識、連続勤務による疲労蓄積、トイレや風呂などの身体的制限、機材や資源がない中での活動限界、不慣れな災害支援活動への従事、決断に伴う管理者責任など「惨事ストレス」と呼ばれる特有のストレスが生じる。惨事ストレスに長期に曝露された医療者は、燃え尽き症候群を経てうつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、辞職、自殺のリスクが高まるとされる。
惨事ストレスから支援者を守るために必要な支援を支援者支援という。しかし支援の方法については、ストレス対処法の教示やスクリーニング後のカウンセリングによる産業メンタルヘルスケアなどが提案されているものの、惨事ストレスへの独自の手法が定まっているわけではない。支援者支援を任務と標榜しているのはDPATや産業医チーム、日赤心のケア班などだが、今回の地震では被災地アクセスが困難で、そもそも外部派遣による支援者支援活動はほぼ困難であった。現在進行形の課題であるが、過疎や高齢化が進む中懸命に地域の医療体制を維持している病院が災害にあえば、どこでもこのような状況が生じうる。
私が知る限り、医療者の働き方改革が問題になっている一方で、近年整備を求められている災害時の病院業務継続計画(BCP)の作成ガイドラインに、惨事ストレスで疲弊する病院職員の支援体制の記載はほとんどない。災害時の病院機能で大切なのは、それを維持する自院職員の「こころの健康」ではないだろうか。医療者・支援者の心理的支援を、今後各病院のBCPに組み入れるべきだと思う。
太刀川弘和(筑波大学医学医療系災害・地域精神医学教授)[能登半島地震][支援者支援][BCP]