著: | 河野和彦(名古屋フォレストクリニック院長) |
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判型: | B5判 |
頁数: | 360頁 |
装丁: | 2色刷 |
発行日: | 2019年03月22日 |
ISBN: | 978-4-7849-4587-0 |
版数: | 第1版 |
付録: | 無料の電子版が付属(巻末のシリアルコードを登録すると、本書の全ページを閲覧できます) |
第一章 軽度認知障害
A.MCIの概要
B.認知症各型のMCI
C.開業医にも手が届く脳画像の深読み
D.告知
E.MCIの生活指導
F.MCIの薬物治療
G.うつ状態
H.その他の精神病
I.睡眠障害
J.てんかん
第二章 時計描画テスト(CDT)
A.CDTのはじまり
B.動作性知能を知る代表的な検査
C.ふるえの検出
D.健常者の描くCDT
E.認知症のCD
F.コウノメソッド式時計描画テスト
G.認知症病型の鑑別は可能か
H.2017年トライアル
I.CDTが有用だった症例
第三章 大人の発達障害
A.発達障害の時代が来た
B.発達障害の頻度
C.発達障害の基礎知識
D.発達障害の治療
E.物忘れ外来にやってくる発達障害患者
F.発達障害の治療事例
G.発達障害と鑑別すべき精神疾患
H.認知症を介護している家族の精神病理
索 引
コラム
認知症診療を33年間行ってきて,いま胸につかえているものがあります。「軽度認知障害(MCI)とはいったい何なのだろう」ということです。
認知症と言えばアルツハイマー型認知症(ATD)でしょうという発想の研究者は,PETで大脳にアミロイドやタウの沈着が病的に多い所見こそが,将来のATD発病を決定的に予見する決め手だと思っているはずです。しかし,10年以上先の発病を知ってしまって,はたして患者さんによいことがあるのかと心配する意見も出ています。
おそらく,高額な自費を払ってでも自分の将来を知りたいという人は,その悪い結果を聞いてもうつ状態にはならないポジティブな人なのでしょう。しかし,配偶者はうつ状態になるかもしれません。筆者の結論は,治療法が確立していないなら診断遊びはやめるべし,です。ただし,いくらかの漢方やサプリメントには発病を遅らせる効果はあると思っています。
さて,MCIの対象はATDだけではありませんし,レビー小体型認知症(DLB)もアミロイドPETが陽性になりうる疾患です。ATDに正常圧水頭症(NPH)が合併している場合,アミロイドPETはNPHの併存を教えてはくれません。高齢者は認知症責任疾患の重複がとても多く,機械任せでは見落とします。
各種うつ病が仮性認知症という別名を持っていて,抗うつ薬で認知機能検査のスコアが上がることは,ほとんどの医師は知っていると思います。しかし,言葉は知っていても,長年MCIとして通院してきた患者さんが実は非定型うつ病だったと医師が自分で気づくまで,なかなか身になりません。
一過性全健忘(TGA)という病態があります。これも一種の短期間限定のMCIのようなものですが,実は正体が明らかでないものです。本当は側頭葉てんかん(一過性てんかん性健忘)だったかもしれないですね。大発作をてんかんのイメージとしていると,実際に患者さんを経験しない限りイメージがまったくわからないと思います。海馬はてんかんの焦点となりやすい部位ですが, 最近筆者は,海馬と言えば,萎縮度だけでなく小さな石灰化がないか必死で画像をみるようになりました。海馬は生理的に石灰化が起きやすい場所です。
甲状腺機能低下症,ビタミンB12欠乏症,NPH,慢性硬膜下血腫は,早期発見・早期治療にて認知症が改善する疾患(treatable dementia)であることはよく知られていますし,いくらか患者さんを経験したと思います。これらもMCIと言えないこともありません。残念なことにこれらの認知症は,主たる認知症に付随して発見されることのほうが多く,それを治しても認知症は残ります。
筆者の言いたいことは,アミロイドPETという王道をもってしても40%のMCIには無意味であること,一般の臨床医には実践に役立たないということです。
いったいMCIを前にどうすればよいのか?その答えを現場の医師は欲しています。ですから,本書には開業医の手に届かない高度検査のことはほとんど書きません。その前に精神疾患・発達障害を勉強しておくことのほうが数段重要です。そうすれば無駄な検査を発注することはなくなります。
筆者の持つ武器はマルチスライスCTだけです。物忘れを主訴として初診した患者の改訂長谷川式スケール(HDS-R)が27点で,CTで大脳が少し萎縮していたとします。認知症しか知らないと,「おそらくこれから萎縮が進むのだろう」と勝手な解釈をするはずです。米国では,のちのちATDを発病した初期の患者さんに「年のせい」と説明していたら,後で訴訟の対象にされるそうです。
筆者は2017(平成29)年4月に大人の発達障害というものを知り,彼らは物忘れを主訴として来院することに気づきました。もし注意欠如多動性障害(ADHD)なのに,「将来認知症になるでしょう」と言ってしまったら,どれだけ罪なことでしょうか。
HDS-Rスコアが27以上でスコアが低下せずに経過している患者さんに,若い頃の行動を問診し直したところ,すぐに数十人の誤診が発覚しました。ADHDだったのです。共通していたのはHDS-Rが30であっても「仕事ができない」と訴え続けていたことです。興味深いことに,保険証を忘れてきたり,薬を飲み忘れたりする患者さんは,認知症初期よりADHDのほうが多いくらいです。HDS-Rでの答え方,時計描画の仕方にもADHDらしさが出ます。
ADHDならアセチルコリン賦活ではなく,ドパミン・ノルアドレナリンの賦活をしなければなりません。こうしてみると,精神疾患の知識を持たずにプライマリケア医が物忘れを診てはいけないとつくづく思いました。
忘れもしません。同年5月2日,ADHDへの処方を開始しました。「4年通院したけど,初めて効いた気がする」と言われたときには,今まで自分は何をしていたのかと愕然としました。
「認知症の鑑別診断にADHDを忘れるな」と書かれた成書は今のところないようです。しかし,国内外の報告ではADHDは急増しており,その気づきには2〜3分の診療で可能です。精神科医でも熟知していない領域ですが,認知症担当医はADHDへの参入が期待されます。そのために必要なことを本書で説明していきます。これからの医師は,発達障害を避けて通れません。
2019(平成31)年2月3日 著 者