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【識者の眼】「震災後ロコモ、震災後フレイルをつくらない」鳥居 俊

No.5212 (2024年03月16日発行) P.56

鳥居 俊 (早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部教授)

登録日: 2024-02-27

最終更新日: 2024-02-27

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大震災被災地の能登地方では、本稿作成中の2月中旬の時点で2万人以上の方々が避難生活を持続しています。先月は被災した子どもたちの問題を記しましたが、今月は高齢の方々の問題について私見を記したいと思います。

私たちの筋肉、骨、関節という運動器は、日常生活動作の中で使うことによって量や質も維持されています。逆に、日常生活を下回る活動しかできない状態でいると運動器の量は減り強度は低下します。極端な状況は宇宙飛行士の無重力の宇宙空間での生活であり、筋肉も骨も急速に減ることが報告されています。そのため地球に戻ると重力下で立ち上がり姿勢を保つのも困難な状態になります。最近の報告でも、4〜7カ月の宇宙滞在から地球帰還後1年経過しても脊椎の骨の強度や周囲の筋肉が回復しないと記されています1)

避難生活では、これまでの日常とは異なる環境となり、身体活動量が極端に減ってしまう方もおられると推測します。自宅で日常の諸事を営まれていた高齢者が、避難所生活では活動空間を制限された範囲で横臥する映像がしばしばテレビで流れてきました。24時間の避難所生活の中の一部分だとは思いますが、憂慮を覚えました。

こうした避難生活中の方々に対して、体操で身体の様々な部位を動かすような番組や、国内の各学会からそれぞれの専門分野で心身の健康を保ってもらえるようにするための情報発信が行われています。ただ、日常生活と同じようにテレビを視聴したり、インターネットで情報を入手したりできる環境にない中で、必要な方たちに情報を届けること自体が困難であるかもしれません。

私が所属する日本臨床スポーツ医学会も1月中旬より被災者向けの情報発信をHP上で行っていますが、過去の震災後の調査研究においては、先月記した子どもたちの発育に対して高齢者の健康や体力に関するデータが少ないことに不安を覚えました。東日本大震災から5年後の熊本地震後に日本老年医学会誌に緊急寄稿された総説に、南三陸町で生活活動が制限された非要介護認定高齢者の1/4近くが7カ月で歩行が困難になり、4年7カ月にはその割合が1/3以上に増加していた事実が記されています2)

運動器の機能低下により歩行などの生活活動に支障をきたす状態をロコモティブ症候群(ロコモ)と日本整形外科学会が呼びかけてから長い年月が経ちました。しかし、メタボのように認知度は上がっておらず、このような震災後にロコモに陥ってしまう方たちが多いことも十分に知られていない可能性があります。身体活動の低下から、さらに身体全体の脆弱化に進むフレイル状態も大いに危惧されます。

運動器研究や老年医学研究から生活不活発な状態が身体機能低下をまねくことは十分予測されるにもかかわらず、現実にはその予防ができないもどかしさは学術研究と日常との距離を痛感させます。本来あってほしくないことを造語で表現することは望ましくないとは思いますが、「震災後ロコモ」や「震災後フレイル」という言葉を使うことで、危機感をもって予防につなげられないかと考えました(本稿は個人の考えであり学会の見解ではありません)。

震災後2カ月に近づくこの時点(東日本大震災の7カ月後よりは回復しやすい)で、震災後ロコモや震災後フレイルをつくらないように、という意識で、高齢者自身も身体を動かすことを積極的に増やし、周囲の避難生活中の方々やボランティアの方々は高齢の方々にもいろいろな作業を分担してい頂くことが心身の健康にプラスになると考えて、身体機能の維持や回復に努めて下さることを期待します。

【文献】

1) Coulombe JC, et al:JBMR PLUS. 2023;7(12):e10810.

2) 大川弥生:日老医誌. 2016;53(3):187-94.

鳥居 俊(早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部教授)[高齢者身体活動の低下

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