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【識者の眼】「ジェンダーの視座は医療にどう役立つのか」渡部麻衣子

No.5220 (2024年05月11日発行) P.63

渡部麻衣子 (自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)

登録日: 2024-04-25

最終更新日: 2024-04-25

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先月、新刊『〈ひと〉から問うジェンダーの世界史』の第3巻1)が出版されました。全3巻からなる本シリーズは、西洋を中心として主には男性の視点で描かれてきた世界の歴史を、ジェンダーを切り口として問い直す試みとして編まれたものです。

シリーズ最後となる第3巻では、地域、紛争、そして科学が取り上げられています。広い題材を含む内容ですが、みなさまが日々携わっておられる医療は、そのどれにも関わる実践ではないでしょうか。

たとえばジェンダーを切り口にする分析では、地域社会で人に付与される役割や規範が女性と男性で異なっている点に光が当てられますが、そうした役割や規範が本人にとって過重な負担であれば、それが人に身体的不調をもたらすことは容易に想像ができます。例として、日本の男性の自殺率が女性の2倍であることや、摂食障害が若年女性に圧倒的に多く見られることなどは、日本において女性と男性それぞれに付与されている役割や規範がもたらす身体的な帰結として理解することもできます。それぞれの地域にあるジェンダー役割やジェンダー規範への視座は、女性と男性それぞれに現れる症状の背景を知る助けになるはずです。

また、地域で共有されるジェンダー役割やジェンダー規範は、紛争や災害といった有事における身体的経験にも影響をもたらします。これまで、女性が有事において性暴力の対象になりやすいことはよく知られてきました。しかし近年、男性も、女性に対するものとは異なる形で、性暴力の被害者となることが報告されるようになっています。有事において女性が性暴力の対象となりやすいことも、男性が被害を受けたことを言い出せないことも、ともにジェンダー役割やジェンダー規範の影響から説明することができます。医療者がそのことを知っておくのは、被害を受けた人の治療にあたるときに役立つのではないでしょうか。

そして、このように人の身体的経験の基礎となっているジェンダーの構造は、科学のあり方も方向づけてきたということを、本書では取り上げています。私は、この中の第5章「科学とジェンダー」で、「女性は科学に向かない?」と題したセクションを担当させて頂きました。ぜひお手に取ってみて頂ければ幸いです。

【文献】

1)井野瀬久美惠, 他, 編:〈ひと〉から問うジェンダーの世界史 第3巻. 大阪大学出版会, 2024.

渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[役割・規範][身体的不調][科学のあり方]

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