医師の働き方改革はこの4月からいよいよ現実となった。4月の時間外労働が100時間を超える見込みの勤務医に対して、4月中に医師の面接指導が行われたはずだ。月を越えてしまって連休明けに面接指導をともかくも行った、という病院もあったかもしれない。時間外労働が単月で100時間は、過労死ラインであり労働災害レベルだ。改正医療法はこれを36協定の範囲内で許容する代わりに、健康障害を防ぐ仕組みを定めた。連続勤務時間制限、勤務間インターバル、代償休息などの追加的健康確保措置に加え、医師の面接指導を義務としたのだ。
そもそも、長時間労働者に対する医師の面接指導は労働安全衛生法で行われてきたものだった。医師といっても、実際には主に産業医がこれを担ってきた。産業衛生に関する教育を受けて経験も重ねた医師が一般労働者を指導する図式は、社会に広く受け入れられてきたように思う。一方、改正医療法では、一般医師が一般医師を指導する図式である。数時間のWeb上の研修の受講修了で指導資格が得られるのだが、多くは、長時間労働の面接指導の実務経験のない医師たちだ。厚生労働省は追加的にロールプレイ研修などを企画し、より実効性のあるものにしようと努力している。産業医とは別建てのこの図式がどれくらい受け入れられるのかは、今後の評価を待つところになるだろう。
ところで、法律を定めた側は、「指導」にどれほどの意味を込めているか。労働安全衛生法の言葉を医療法でも単にそのまま使った、とも見える。はたして、経験のない臨床の先生方に「指導」がどういう風に見えているだろうか。上から目線ではないにしても、身構えてしまうところがあるのではないか。医師はそれぞれ専門家なのだ。そうした背景の中で、はたしてお互いが「指導」をするということがどれほど現実的なのか。責任の問題さえ見え隠れする。たかが言葉の問題ということかもしれないが、見方や立場によっては重大だ。
本来、この面接指導にあたっては、健康リスクを把握したら真摯に何かしらの指導に意気込むのが務め、というステレオタイプの考え方が適切なのかもしれない。ただ、相手も立派な医師なのに、何か指導しなくてはいけないと思ったら気が重い。いろいろな状況に対応できるようにする準備も大変だ。一方的に指導を受ける側もこりごりだろう。
長時間労働の状況はよいことではない。100時間を超えることがやむを得ず続くようなら、という前提での医師の面接指導である。医師一人ひとりに考え方や性格の違い、個性がある。基本を踏まえた上で、面接指導のやり方に医師ごとの固有のスタイルがあってもよいだろう。指導などと堅いことを言わず、仲間や同僚のお話を聞くというスタンスで十分なのではないか。医師同士の話でよいこともある。共感してざっくばらんに話に花が咲いて面接対象医師の本音がポロリと洩れるなどということもあるだろう。本当に大事なことは、医師の過労死や健康被害を防ぐことだし、その徴候を見逃さないことだ。マンネリとかいやいやとかでは続かない。何回でもお互いが快く会話を重ね、本来の目的が機能し続けるようなやり方を工夫する長い目が大切だ。
黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[医師の働き方改革][医師の面接指導]