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【識者の眼】「『頭からあたる』のリスク」鳥居 俊

No.5224 (2024年06月08日発行) P.62

鳥居 俊 (早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部教授)

登録日: 2024-05-22

最終更新日: 2024-05-22

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この原稿を作成している時期、ちょうど大相撲の夏場所が中盤となっています。残念ながら、横綱と2人の大関が休場という寂しい場所になっています。このうち、2人の大関の休場理由がメディア発表によると頸椎症性神経根症や頸椎椎間板ヘルニアとのことです。2人は頭からあたれず、おそらく首に衝撃が加わると腕にしびれがきたり(電気が走ると言われています)、腕や手の力が抜けたりするのでしょう。

筆者がチームドクターをしているアメリカンフットボール(以下、アメフト)でも、昔からバーナー症候群と呼ぶ、一過性の首から手先への電撃痛があります。これが反復したり、長期化して筋力や知覚の低下を伴ったりする場合は、神経根損傷として頸椎のX線検査やMRIを勧めます。整形外科の先生方には当たり前のことですが、頸椎の各椎間で左右に分枝して上肢に伸びる神経の根本である神経根は首を大きく反らされたり、傾けられたりすると周囲の骨とぶつかったり、逆に引き伸ばされたりして損傷を生じます。そのような負荷は椎間板を損傷させ、椎間板ヘルニアや頸椎の骨棘を生じ、ますます神経根が損傷を受けやすくなります。

しかし、もっと重大な問題は頸椎自体が壊れてしまい頸髄損傷が起こることです。アメフトでは、本場のアメリカで頸髄損傷による四肢麻痺や死亡者が発生する原因として、頭を下げてヘルメットで相手にぶつかっていくスピアリングというプレーが挙げられ、これを危険なプレーとして反則にすることで頭頸部の死亡事故が減ったという歴史があります1)

想像すれば容易に理解できますが、スプリンターのスタート並みの速度で重い重量の選手が頭であたり、そこに相対する選手の重量と速度が加わることで頭部を介して頸椎には過大な負荷が生じます。椎間板を損傷し、さらに頸椎自体を押しつぶすこともあります。

私たちの頸部はどんなに鍛えても頸部の筋は厚くなるとしても頸椎自体が太くなることには限界があります。実際、アメリカの報告2)で大学やプロのアメフト選手の頸椎は一般人よりも太いことが示されていますが、2倍3倍になることはありえません。体重を増やし、スタートの速度を上げれば、頭からあたる際の頭部頸部への負荷はますます増大することになります。

前稿(No.5221)で脳振盪の後遺障害について触れましたが、頭からあたるプレーのリスクは頸椎にも及びます。大相撲力士の体重増加と立会いの速さはこうしたリスクを生み、その結果休場や後遺障害に悩む力士や元力士を増やすのであれば考え直すべきかと思います。

私たちの頭や首は全速力でぶつかるほどに強くはできていないので、安全なスポーツのあり方として「頭からあたる」は再考が必要でしょう。

【文献】

1)Torg JS, et al:Am J Sports Med. 1990;18(1):50-7.

2Torg JS, et al:J Bone Joint Surg Am. 1996;78(9):1308-14.

鳥居 俊(早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部教授)[頸椎症性神経根症頸髄損傷

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