伊勢志摩国立公園の最東端に位置する三重県鳥羽市の神島は、小説『潮騒』の舞台として映画のロケ地となったことでも知られるが、離島/へき地でのオンライン診療が非常にうまくいっていることでも有名である。筆者は昨年行われた日本遠隔医療学会学術大会のシンポジウムで同席させて頂いた小泉圭吾医師を訪ね、離島/へき地でのオンライン診療の実態を見学した。
島の診療所では、クラウド型の電子カルテを中心にバイタル測定機器、電子聴診器、超音波検査などを連動させることができる。そして、看護師が入力支援や機器の操作を行い、遠隔にいる小泉医師がそれを確認しながら診断や処方を行うという仕組みが構築されている。超音波検査では画像がほぼリアルタイムに転送されるので、指示を出しながら看護師が機器の操作をすることもでき、非常に有用なシステムだと感じた。また、鳥羽市には他にも有人島があり、同様のシステムを用いることで連携させ、医師不足にも対応している。
しかし、システムを構築するだけでは、これほどうまく運用はできないだろう。その“秘密“に少しでもせまりたいと思い現地を訪れたが、収穫は大きかった。1つめは「行政の力」である。小泉医師とチームをつくる市の職員たちも離島/へき地医療に本気で取り組んでいる姿が印象的で、高齢者の「移動」の問題へ対応する取り組みである「医療MaaS」(医療機器が配備された車でオンライン診療を受けられるサービス)についても熱く語ってくれた。そして2つめは「住民の力」である。島民とのタウンミーティングの際に、今の医療資源を有効にどう使っていくのか、医師に負担をかけないようにするためにはどう対応したらよいのか、などを島民は真剣に考えていた。また、スマホを持つ高齢者も多く、87歳の男性が血圧をスマホに記録しているという話には驚かされたし、タウンミーティング後にはスマホ教室の案内が行われていたのも印象的だった。最後に3つめは「医師の力」である。地域のためにやるべきことに真摯に向き合い、住民や行政とも強い信頼関係を築いていることに感銘を受けた。ICTシステムの価値を高めているのは、この三位一体の取り組みと信頼関係、そしてリテラシーの高さが根源にあると強く感じた。
帰りの船が出る時に数名の島民が埠頭で手を振り、それに応えるように小泉医師は窓側の席に座った。駅には市の職員が見送りに来ており、故郷を離れる時のようなクオリアを感じた。車窓を流れる景色のように技術の進歩は次々と新たな風景を見せてくれるが、これからの医療DXには効率化、利便性、データ解析といった側面だけではなく、根源にあるものを大事にしていかなくてはならないだろう。
土屋淳郎(医療法人社団創成会土屋医院院長、全国医療介護連携ネットワーク研究会会長)[医療DX][離島/へき地医療][三位一体]