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【識者の眼】「他人の不幸は蜜の味─ゼロサム思考の陥穽」岩田健太郎

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2024-08-30

最終更新日: 2024-08-30

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世界一無駄なエネルギーは嫉妬心だ。他人の成功を羨み、足を引っ張る。自分が1mmも向上するわけじゃなし、むしろ品性という観点からは自分を貶めている。全体としてはレベルダウンしているわけで、誰も得をしない。他人の足を引っ張り合う組織は成長しない、いや、滅びの道を行く愚かな組織である。

にもかかわらず。人は他人を羨み、足を引っ張る悪習を止めたがらない。医療現場でもこの悪習は散見される。どちらかというと医者にこの傾向が強いようにも思える。

ではなぜ、医者界隈でこのような不毛なエートスが存在するのか。

思うに、これって受験のロジックなのである。

受験はゼロサムゲームなのだ。他人が得をする(合格する)ことが、自分が損をする(不合格になる)ことと同義になる。なる場合がある。よって、他人の不幸が自分の幸福に転じるのだ。

しかし、もっと大きな視野で考えると、世の中はほとんどの場合ゼロサムゲームではない。

あるスポーツチーム内で、チームメイトが活躍するのはチームにとってメリットである。もしかしたらそのせいで「あなた」は試合に出れないかもしれないけれど。しかし、活躍するチームメイトに毒を盛ったり(笑)して、「あなた」が試合に出れるようになっても、チームは弱くなるだけだ。むしろ、活躍するチームメイトをロールモデルとして切磋琢磨したほうがチーム全体の力は上がる。「あなた」の技量ももちろん上がる。自分が向上することで試合に出られるようになれば最良だし、たとえそうじゃなかったとしても「あなた」は確実にチームのレベルアップに貢献している。チームメイトの質が向上すれば、練習の質が上がり、レギュラークラスの質も上がることが期待できるからだ。ここには「ゼロサム」のロジックは存在しない。

自らのレベルアップでチーム全体の実力アップに貢献するのは利己的でもあり、かつ利他的な方法だ。それは健全な精神に基づくものであり、当然チームメイトは感謝する。「あなた」の品位も保たれる。毒を盛って(笑)チームの力を下げ、かつ「あなた」の品位を落とす行為とは真反対だ(「毒を盛る」行為がバレてもバレなくても、品位自体は地に落ちていることに要注意だ! 「品位」は他者的に規定されない!)。

他者の成功こそが自分の成功の前提である。一見逆説的なこの言説が的を射ていることの意味を、「受験脳」にどっぷり浸かった人は大いに考え直すべきなのだ。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[嫉妬心][他者の成功自分の成功

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