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【識者の眼】「限界と可能性」関なおみ

関なおみ (国立感染症研究所感染症危機管理研究センター危機管理総括研究官)

登録日: 2024-10-08

最終更新日: 2024-10-08

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デイヴィッド・バーンによるブロードウェイでのショーをもとにしたスパイク・リー監督のライブ映画『アメリカン・ユートピア』が各地で再上映されている。トーキング・ヘッズの熱烈なファンではないが、一映画マニアとして『ストップ・メイキング・センス』を観て、非常に引き込まれるものがあったので、続編(?)という位置づけとして劇場に足を運ぶことにした。

その回は強制スタンディング&ライティング上映ではなかったので、静かに座って観ることができたが、36年でつくづくバーンは老けたなと思わずにはいられない一方で、時を経て洗練された音楽性と演出の完成度には感服した。

中でも印象的だったのは「Everybody’s Coming To My House(みんなが私の家に来る)」という曲だ。歌い始める前にバーンは「この曲は学生たちが歌うと実に包容力があって、素晴らしい。僕が歌うと、どうしても『まだいるの? 早く帰ってくれないかな……』みたいな、微妙な不快感が出てしまう」というようなことを、苦笑いしながら語った。

バーンもかつてはスコットランド移民だった一方で、今やアメリカ国民としての居場所を確保している状況において、もはやどんどん家(アメリカ)においでよ、とは心から思えないのであろう。もちろんバーンが歌ったほうがスキルとしては上だが、エンドロールに流れたDetroit School of Artsの学生たちの歌声からは、本当に誰でも受け入れるよという包容力に富んだ温かさが直接伝わってきた。それはメイキング映像をみてもらえるとよりわかりやすいと思うが、彼らには直近の移民として生活している実感と切実さがあるからだ。ここにコミュニティエンゲージメントの真髄を見た気がする。

何かを発信する際、どうしても発信者の立場や価値観が反映されてしまい、コミュニケーションギャップを生むことは避けられない。健康危機管理において、医師—患者関係、行政—住民関係の中で予防策や行動変容といった公衆衛生対策を実施していく場合も同様である。同じ立場に立つことはできず、わかりあうことが難しいことを認識しながらも、努力を惜しまず、被害を最小限にするため、お互いの妥協点を見出し、ピアやコミュニティを活用する等、効果的な方策を見出していく粘り強さが求められている。


※ 本文は個人的な見解に基づく内容であり、組織の見解を代表するものではありません。

関なおみ(国立感染症研究所感染症危機管理研究センター危機管理総括研究官)[コミュニティエンゲージメント][多文化共生感染症危機管理

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