東京都と神奈川県の県境を流れる多摩川は、かつては「暴れ川」の異名をとるほど洪水を繰り返してきた。川の両岸には「等々力」や「野毛」などの同じ地名がみられるが、これは川の流れが水害により変わり、かつての集落が分断された名残であると言われている。
大正時代には「アミガサ事件」と名づけられた、住民が徒党を組んで築堤の直訴をしたという事件の記録が残されているし、山田太一の名作ドラマ「岸辺のアルバム」のモチーフにもなった1974年の「多摩川水害」も堤防決壊によるものである。
2019年の台風19号の大雨の際には、二子玉川近隣の無堤防部分から溢水し、周辺地域が大きな被害を受けたことは記憶に新しい。2024年、この部分の築堤工事が完了し、私も地域住民の1人として安堵した次第であるが、昨今の気候変動により想定を超える事態が起きる可能性が霧消したわけではない。ふだんは水鳥が遊ぶ穏やかな川べりであるが、それは先人たちの治水に賭けた途方もない努力の上に得られたものである。静かな水面を見るたびに、感謝の念を覚えずにはいられない。
多摩川の治水を巡って、過去に多くの軋轢があったことも歴史は語っている。先述の「アミガサ事件」は、川崎市側の築堤により水害が増えることを危惧した東京都側の住民の猛反対による着工の遅れが原因の1つである。防災という最終目標に異論を持つ人はいなくても、人々の利害調整は並大抵のことではない。そのために、民主主義という仕組みは発達してきた。ただ、SNSを通じて過激な主張が瞬く間に拡散していく現代では、民主主義という仕組みが根底に持つ脆さも感じるこの頃である。
台風19号による水害の際にも、「景観を損なうことを恐れた地域住民が堤防工事に反対していた」という情報が流れたが、これは真偽の不確かな噂にすぎないものだった。しかし瞬く間に広まったこの情報を、当の地域住民が受け入れ、拡散に加担したことも事実である。現在行われている新型コロナワクチンに関しても、様々な情報がSNSを通じて飛び交い、現場では常に対応に追われている。
EBM(Evidence-based Medicine)が登場して30有余年、この間情報と人々の行動のギャップについて多くの知見が積み重ねられてきたが、情報技術の進歩の速度はそれを凌駕している。そのような現代において医療者、特に私のような地域の医師が、情報の洪水と人々の行動との間で果たすべき役割とはいったい何か。
今、その問いに真摯に向き合うときが来ていると感じている。
松村真司(松村医院院長)[EBM][SNS]