(概要) チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が4日、日本医師会館で講演した。チベット医学の歴史や自身の経験を交えつつ、医師に求める資質や倫理観について語った。
講演の冒頭、ダライ・ラマ法王は医師を「無条件の愛情を持って他者に新たな生命を与える“菩薩”」と表現。7年近く胆石に悩んだ末に胆嚢切除手術を受けた自身の経験を披露しながら、「手術や注射は本来患者にとっては苦しみだ。それを受け入れるのは苦しみの根本を取り除きたいという医師の尊い心を信じているからだ」と医師の倫理観に賛辞を贈った。
講演で法王は、8世紀に在位したチベット皇帝がアーユルヴェーダやユナニ、中国医学など異なる体系の医療の実践者たちを招き、国際会議を開催したという歴史を紹介。「チベット医学は異なる価値観や知性を共有することで発展してきた」と解説した。
それと対比させる形で、宗教・民族間の紛争が絶えない世界情勢に触れ、「物質偏重の生活様式が人々に利己的な執着を生じさせている」として、他者への寛容や慈悲など人間が本来持っている「世俗的な倫理観」を普及する必要があると訴えた。
その普及活動の一環として米国の科学者と共同実施した、健康法としての瞑想の効果を検証した実験を紹介。実験では参加者に3週間、毎日30分~1時間瞑想を行わせた。実験前後でそれぞれ測定した血圧値とストレス値を比較すると、両値とも実験後のほうが低くなっていた。この結果から法王は、「科学的にも、内的なものを見つめることが肉体と精神の健康につながると言える」と強調した。
●人工中絶も自殺もケースバイケース
法王は「医師と患者が共に苦しみを感じる問題」として人工妊娠中絶に言及。「しないほうがもちろん良い」としながらも、「子を産むことによって母親が大きな苦しみを抱えてしまう場合には認めざるをえない」との考えを示した。中絶に立ち会う医師に対しては「患者と家族を真摯に思いやる心と理性に基づく判断こそが最善。いたずらに(命が失われるという)結果だけを見るべきでない」とした。
フロアから自殺に対する見解を問われると、「人間は生まれながらにして優れた知性を持ち、無限の可能性を授かっている。それを自ら壊してしまう自殺は決して良い行いとは言えないが、事情によっては許容されうる場合ももちろんある」と答えた。
●「キュアとケアが揃って完全な医療に」
講演後、法王は横倉義武日医会長と対談。対談を通じ、「医療は肉体のレベルのキュアと心のレベルのケアが揃って初めて完璧になる。慈悲にあふれるケアを受けた患者は、科学的データから期待される以上の治癒力を見せることがある」と述べた上で、医師の資質として「『釈迦に説法』とは思うが、人間的な温かさを持ち続けてほしい」と求めた。
【記者の眼】原始仏教を今に伝えるチベットの僧院は「論理的考証を踏まえた教義の実践」を柱に据えているという。「医師は怒りをどう制御すればよいか」とのフロアの問いに法王は「強い感情(煩悩)を消し去るのは論理的思考のみ」と断言。論理性は科学・宗教を問わず重要のようだ。(F)