2023年2月に発覚した滝山病院での虐待事件。NHKスペシャル『死亡退院 精神医療・闇の記録』は、患者に対する暴言や暴行が日常的に行われていたことを明らかにしていた。看護師5人が逮捕されたが院長と理事長は逮捕には至らない。原因は彼らかもっと外の社会側にあるが法律上の違法行為はなかった。
精神障害を有するひとへの入院時の虐待・暴行事件は明るみになっているものが複数ある。1984年の宇都宮病院での事件、2001年の朝倉病院での事件、2020年の神出病院での事件、2022年の関西青少年サナトリュームでの事件など。国は対策の1つとして精神保健福祉法の改正を行い、2024年4月より精神科病院における虐待の通報義務を定めた。
私自身が目撃した明るみになっていない体験がある。ある医師が患者を突き飛ばす。脱走しようとした患者に男性看護師が馬乗りになり患者は痛みで叫んだ。身体拘束が続いて下肢が麻痺したが誰にも訴えることができなかった患者……書き出せば止まらない。
私が指定医という権威を獲得してから身体拘束の指示を出したのは1度だけ、2時間の間に何度も本人の傍にいった。アルコール離脱せん妄で点滴をしなければならなかったときだが、今思えばその拘束も必要なかったかもしれない。私が入院にかかわった人たちとの対話、何より職員たちの工夫によってそれは必要なかった。
尊敬する上司から身体拘束のよい点をたくさん聞かされたときには、対話経験の乏しかったころの私は心が揺れた。患者に優しい院長が『退院調整』をしていたのは病院の経営赤字軽減のためで退院日決定には院長決済が必要だと知った。病状の回復のためではなく病床入院率をあげるためだ。
私は病院の中での限界を感じ、入院になる前の人たちと出会うために訪問診療の仕事を開始した。当初は保健師さんに相談を受けて「〇〇という状態です」と言われ、入院しかないと私に思わせる意図を感じながら現場に行くと、既に民間救急隊が待機していることもあった。もちろん本人と対話すると、支援側が「問題だ」と決めていたことは誤解で、本人が抱える問題が明瞭になっていく。問題提起そのものの間違え。本当の問題がわかるとその解答支援が始まり、その人はすぐに落ち着いて生活を始めた。こうした経験はその地域で蓄積されていく。
精神病状が強くなったとしても、訪問看護師と本人との連日の会話によって落ち着いていく現場を何度も見た。柔軟なケアマネジャーが担当についた人は、認知症とともに本人も家族も穏やかな生活ができた。
鳥取県米子市にある養和病院は、高齢化する患者側の視点で経営をし、現在は内科やリハビリに力を入れる。身体拘束をゼロにした精神科病院も少しずつ増えてきた。
現場には奮闘と工夫と経験の蓄積がある。現場から離れた何階層も上で意思決定をすると、間違った問題提起への正しい解答が実施されてしまう。
森川すいめい(NPO法人TENOHASI理事)[精神科][身体拘束][問題提起]