株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「能登半島地震から1年が経過して思うこと」岡本成史

岡本成史 (大阪大学大学院医学系研究科生体病態情報科学講座教授)

登録日: 2025-01-21

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2025年の年明けは、特に大きな出来事もなく平穏だった。2024年は、元日に能登半島地震が発生し大波乱の年明けとなったが、地震発生から1年が経過した石川県能登地方では、今なお多くの被災者が不自由な生活を強いられている。2024年の12月27日現在、石川県内での災害関連死亡者数は270名と震災の直接死亡者数の228名を上回り、その数はさらに増えることが予想される。私は2年前まで金沢大学に奉職し石川県内で10年近く生活していたため、今回の震災がとても他人事には思えない。

能登半島地震による災害関連死の原因をみると、循環器系(うっ血性心不全、急性心筋梗塞、くも膜下出血など)、呼吸器系(肺炎、誤嚥性肺炎など)の疾患が多い傾向にあるとされる。その中でも歯科医師でもある私が気になっているのが誤嚥性肺炎である。

近年、口腔ケアの徹底によって誤嚥性肺炎の発症リスクが低下するという研究成果が数多く報告されている。口腔衛生状態を良好に保つことが誤嚥性肺炎の発症防止に大切であること、逆説的にいえば、口腔衛生状態が不良であると誤嚥性肺炎を発症しやすいことが示唆されている。

今回の震災では、上下水道の不通が広範囲かつ長期間続き、トイレでの排泄ができない状態が続いたとされる。その結果、トイレの回数を減らす目的で水分補給を意図的に減らす住民が数多くいたようである。水分補給が不足すると循環器系にダメージを生じやすいだけでなく、口腔乾燥状態となって口腔衛生状態の不良をまねくことにもなる。さらに、上下水道の不通により洗面台が使えず、毎日の口腔清掃(歯磨き)や入れ歯の衛生管理ができなくなる。これらが相まって、口腔衛生の劣悪状態が長期的に進行し、誤嚥性肺炎の発症リスクが上昇することが容易に想像できる。

特に誤嚥性肺炎は高齢者に多く発症することから、過疎化が進み高齢者の割合が高い能登地方において、口腔衛生の劣悪状態が原因となって誤嚥性肺炎による死亡者が少なからず存在したと考えられる。

能登半島地震後の災害派遣医療活動として、災害派遣医療チーム(DMAT)、日本医師会災害派遣医療チーム(JMAT)のほかに、2022年に創設された日本災害歯科支援チーム(JDAT)なども加わり、医療・歯科医療ならびに保健衛生活動の再生支援に乗り出した。災害地域での歯科医療・口腔保健活動の早期の再生支援は、口腔機能や口腔衛生状態を改善させるだけでなく、誤嚥性肺炎発症防止にも大きな役割を果たすことが期待される。その期待に応えるための組織づくりや支援活動の整備を積極的に進めてもらいたい。

岡本成史(大阪大学大学院医学系研究科生体病態情報科学講座教授)[微生物学[災害関連死][保健衛生活動]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連物件情報

もっと見る

page top