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【識者の眼】「乳児の掛け物とSIDSリスクについて考える」坂本昌彦

坂本昌彦 (佐久総合病院・佐久医療センター小児科医長)

登録日: 2025-03-11

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こども家庭庁が発出したパンフレット『寝ている赤ちゃんのいのちを守るために』が議論を呼んでいる。本パンフレットは、乳幼児突然死症候群(SIDS)の予防策として、仰向け寝の推奨、母乳育児の奨励、禁煙の推進、硬めの敷布団の使用など、従来から推奨されてきた内容を記載している。しかしながら、本パンフレットには新たに「上に掛ける布団は使わない」との記載が加わった。この点に対し、日本小児科学会は見解を示し、「掛け布団禁止」という一律の推奨には慎重な対応が求められると主張している。

日本小児科学会が異議を唱えた理由は主に4つ。第一に、医療機関や保育施設では監視体制が整っており、状況に応じた柔軟な対応が可能であること。第二に、「掛け布団禁止」を強調しすぎると保護者の混乱をまねく可能性があること。第三に、ほかにも考慮すべきリスクが存在するにもかかわらず、それらに言及されていないこと。第四に、一律に禁止することは現実的でなく、合理的な判断を欠く可能性があること、である。

こども家庭庁の指針の根拠は、米国小児科学会(AAP)が2022年に発表した「乳児の安全な寝かせ方」12のポイントである1)。特に、掛け布団や柔らかい寝具の使用を禁じる指針が明記されており、これが反映されたと考えられる。AAPの推奨事項では、掛け布団がSIDSのリスクを高める理由として、①柔らかい寝具が顔を覆うことで窒息の危険性が増すこと、②掛け布団による過度の温度上昇がSIDSの発生リスクを高めること、が指摘されている。実際、乳児の睡眠中の窒息死例の約7割が、柔らかい寝具の使用によるものであり、特に毛布の使用が多かったとする報告がある。また、気温が29℃を超えると20℃の日と比較して、SIDSのリスクが2.78倍に上昇することが示されている2)

一方で、日本における育児文化や環境の違いを考慮しないまま海外のガイドラインをそのまま適用することには課題がある。たとえば、日本では赤ちゃんに掛け布団をかけることが一般的で、そのため本指針が急に発表されたことで混乱を招いたと考えられる。さらに、日本やアジア諸国では添い寝文化が根強く残っており、育児環境は欧米とは異なる。これに加え、日本の多忙な育児環境では、推奨される方法が現実的に実践しにくいケースも少なくない。

こうした状況をふまえると、SIDS予防策としては、単に「正しい情報を提示する」だけでなく、「保護者が実際に実践できる現実的な方策を示す」ことが重要である。オーストラリアの研究では、安全な寝かせ方を知っている保護者の14%が喫煙を続け、14%が仰向け寝を実践せず、28%が柔らかい寝具を使用していたと報告されている3)。このことからも、理想論を提示するだけでは実効性が低いことが示唆される。

本議論をふまえ、日本におけるSIDS予防策としては、「掛け布団禁止」を一律に強調するのではなく、保護者が適切な判断を下せるような情報提供のあり方を考えることが求められる。海外のガイドラインも参考にしながら、日本の育児環境に即した啓発活動を行うことが望ましい。また、日本小児科学会の声明については、専門的な内容が多く、一般の保護者には理解しづらい側面があるため、よりわかりやすい情報提供の工夫も必要である。

また、日本の育児環境に即した独自のデータを収集し、それに基づいた方針を策定することも重要である。筆者も所属している日本小児突然死予防医学会疫学委員会では現在、日本の乳児の安全な睡眠環境に関する実態調査を進めており、こうしたデータをもとに、より実効性のある対策を検討することが期待される。

【文献】

1)Moon RY, et al:Pediatrics. 2022;150(1):e2022057990.

2)Auger N, et al:Environ Health Perspect. 2015;123(7):712-6.

3)Cole R, et al:BMJ Paediatr Open. 2021;5(1):e000972.

坂本昌彦(佐久総合病院・佐久医療センター小児科医長)[小児科][乳幼児突然死症候群SIDS

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