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【識者の眼】「ホスピス運動における医療と宗教の接点」井川裕覚

井川裕覚 (東北大学大学院文学研究科特任助教)

登録日: 2025-03-13

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前稿(No.5262)では、東日本大震災後の支援に始まり、医療分野でのケアを展開した日本版チャプレン臨床宗教師の活動を紹介した。臨床宗教師の担い手は、僧侶や牧師などの宗教者であるが、基本的に布教や宗教活動は行わない。ケアの中心は、患者や利用者、家族・対象者の語りに耳を傾け、本人が自らの「支えとなるもの」を探す(または確認する)営みを支持するスピリチュアルケア(以下、SC)を提供することにある。

医療分野にSCを積極的に位置づけた嚆矢は、英国の医師シシリー・ソンダースにより設立された聖クリストファー・ホスピス(1967年、ロンドン)に認められる。その後、欧米を中心に展開されたホスピス運動の背景には、2つの歴史的背景があった1)

1つは、近代医療が置き去りにした死にゆく人に対して、キリスト教に由来する「ケアの精神」を復活させようとしたことである。もう1つが、適切な医療的措置を欠いていた宗教的な看取りの場面に、近代的な緩和医療技術を取り入れようとするものであった。いずれにせよホスピス運動は、医療と宗教が関わり合うことで、死にゆく人への全人的アプローチの必要性が認識される契機として広がっていく。

世界的なホスピス運動の影響を受け、日本でも1973年に淀川キリスト教病院でホスピスプログラム(施設設置は1984年)が開始、1981年には聖隷三方原病院に聖隷ホスピスが設置された。1993年には、仏教系の長岡西病院にビハーラ(「寺院」や「休息の場」を意味するサンスクリット語)病棟が設置された。これらの病棟では、全人的なケアをめざして、チャプレンやビハーラ僧と呼ばれるSC専門職も雇用された。

しかし、現代の日本社会では、政教分離の原則から多くの医療機関で宗教者が活動しにくい状況にある。日本ホスピス緩和ケア協会が発行する「緩和ケア病棟運営の手引き」に、「ホスピスの理念とは、人間の死の過程に必要とされるさまざまなケアのプログラムを統合した活動全体であり、同時に地域社会におけるケアの提供場所も意味している。また、人が人生を終える時期(the end of life)に関する宗教的ではない全人的で科学的な思考、すなわち人間科学的アプローチに基づく思想ともいえる」と理念が記されている。あえて「宗教的ではない」と説明がなされているように、一般病棟では布教・勧誘への警戒感から宗教者のケア的な活動も制限を受けてしまう。

さらに1990年代の診療報酬改定により緩和ケアが定着する一方、病院内で医療の範疇である身体的ケアの優先度合いが増す「ホスピスの医療化」も生じている2)。近年のホスピスケアでは、そもそもの理念であったスピリチュアルな側面のケアへの関与や優先度が後退し、全人的ケアが行われにくい状況がある。

緩和ケア領域などで直面する患者・家族の「スピリチュアルな次元」のニーズに、いかに応えられるのか。そうした医療者の問いと東日本大震災後の支援経験が共鳴し、医療と宗教が再び接近したのが臨床宗教師の動向と言える。適切な全人的ケアを求めて、両者の積極的な対話がますます重要となるだろう。

【文献】

1)諸岡了介:現代宗教2020. 2020;111-27.

2)株本千鶴:ホスピスで死にゆくということ 日韓比較からみる医療化現象. 東京大学出版会, 2017.

井川裕覚(東北大学大学院文学研究科特任助教)[臨床宗教師][スピリチュアルケアホスピス

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