少しでも患者さん・家族の力になりたい。少しでも患者さん・家族にとって良いサービスを提供したい。─?医療従事者としていつも願うことです。そのために、医師であれば病気の診断や治療に関する新しい知見を学ぶことは欠かせません。看護師でも、良い看護を展開するためにも、研修を定期的に受けていく必要があるでしょう。遺伝子レベルの研究が進み、医療の世界は日々進歩しています。一昔前ならば、治ることはないと言われていた病気が治ることによって、患者さんは社会復帰することができる時代となりました。
治る病気であれば、私たちは患者さん・家族と積極的に関わることは決して難しくありません。いくつかのステップを踏みながら、ていねいに治療を展開していけば、病状の改善を期待できるでしょう。苦しんでいた患者さんと家族が喜ぶ姿を見ることは、医療従事者として言葉では言い表すことのできない喜びです。患者さん・家族の喜ぶ顔が見たいと思うからこそ、医療に携わる者は、たとえ厳しい環境の中にあっても仕事を続ける力がわいてきます。
では、受け持ちの患者さんが治らない病気であればどうでしょうか?どれほど最先端の医学をもってしても、すべての病気を治すことはできません。私たちが関わる患者さんの中には、進行がんであったり、難治性の心不全であったり、回復が困難な進行性の難病であったりする方がいます。たとえ生命を保つことができても、重度の障害を抱えてしまうことがあります。外傷による脊髄損傷のため、一生を下半身麻痺で過ごさないといけない患者さんがいます。脳梗塞による高次中枢障害のため、発語や嚥下が困難となり、胃瘻による経管栄養を強いられる患者さんもいます。
「元気な身体に戻りたいのです。先生、なんとか治して下さい…」
患者さんから、このように声をかけられたら、どのように返答しますか?
「もう元の身体に戻ることは医学的には無理です、あきらめて下さい」と説明するでしょうか?「わかりました、私がなんとかしましょう」と答えるでしょうか?
リハビリをして、ある程度の自立した生活を送ることができるならば、関わる可能性が見えるかもしれません。しかし、どれほど心をこめて医療を展開しても、病気そのものを治すことができず、残された時間が限られた終末期の場合にはいかがでしょうか?
「どうして私は、この病気になったのですか?」
「私の生きる意味って何ですか?」
医療や介護の現場で従事している人であれば、一度や二度は、この言葉を聞いたことがあると思います。「なんで私が?」という問いかけは、どれほど医学や科学が発達しても答えることのできない問いかけです。安易な励ましがまったく通じない場面でもあります。
少しでも力になりたいと願いながら、なかなか気の利いた言葉が浮かばなくて、その場にとどまることがつらくなるかもしれません。何か話題を変えようと思うかもしれません。何か励ましてあげたいと思うかもしれません。しかし、相手を思えば思うほど、言葉が浮かばなくなることが多いでしょう。
安易な励ましがまったく通じない場面において、励ましではない方法で、理不尽な悩みや苦しみを抱えた患者さん・家族の力になることはできるのでしょうか?
〔課題〕
「どうして私は、この病気になったのですか?」「私の生きる意味って何ですか?」─?このように安易な励ましがまったく通じない理不尽な苦しみを抱えた患者さん・家族に対して、励ましではない方法で、苦しみをやわらげる援助を多くの人にわかる言葉で簡単に説明して下さい。
この本では、不可能と思われるこの課題に対して、わかりやすい形でその可能性を提示してみたいと思います。
そんなことできるのですか?と疑う人もいるでしょう。
私は、横浜甦生病院ホスピス病棟で働いている時代に、当時東海大学で教えられていた村田久行先生(現京都ノートルダム女子大学教授)から、スピリチュアルケアについて教えを受けました。村田先生は、哲学をベースに対人援助を研究され、提示されるスピリチュアルケアの理論はきわめて明快でありました。そして、励ましではない方法で、理不尽な苦しみを抱えた人が生きる力を取り戻すための援助を、理論的な枠組みで示すことを学びました。このエッセンスを、私は「いのちの授業」として小学校や中学校でも展開し、実践してきました。
終末期を迎えた患者さんを受け持ち悩んでいる人、これから緩和ケアを学び少しでも終末期の患者さん・家族の力になりたいと考えている人、どうかこの本が、あなたの力になることを祈っております。
2008年 2月 めぐみ在宅クリニック院長 小澤竹俊
補足
この本では、臨床現場で、苦しむ患者さん・家族と向き合う可能性を示すために、スピリチュアルケアの理論と実際をわかりやすく紹介しました。まずは、臨床の現場で、苦しむ人に対して、逃げないで向き合う誰かが必要だと思うからです。
しかし、スピリチュアルケアを必要とする患者さん・家族の中には、精神科専門医の診察を必要とする場合があります。向き合い、話を聴くこと、関わることはとても大切なことですが、すべてを解決することは困難なことがあります。患者さん・家族の状況によっては、専門医の診断の上で抗うつ薬や抗不安薬を必要とする場合があることを銘記すべきです。
この本で紹介するスピリチュアルケアの理論的な枠組みや援助的コミュニケーションは、村田久行先生(京都ノートルダム女子大学教授)より教えていただいたものです。そして、村田先生の考えをベースに、私が、よりわかりやすく説明を加えたものです。村田先生の文献は191頁に紹介してありますので、参照下さい。