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【識者の眼】「被爆者・被爆二世を対象としたゲノム解析」武藤香織

武藤香織 (東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授)

登録日: 2025-03-21

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2025年、広島と長崎に原子爆弾が投下され、終戦を迎えてから80年となる。被爆者健康手帳を持っている、いわゆる被爆者の平均年齢は85.6歳となり、その人数も計10.7万人と漸減を続けている。そのような中で、人数や健康状態が被爆者ほどには把握されていない、被爆二世に対するゲノム解析が注目を集めている。

被爆二世とは、両親または両親のどちらかが被爆者健康手帳を所持しており、原爆投下後に生まれた人のことをいう。被爆者援護法は、被爆二世を援護の対象外としているため、被爆二世には定期的な健康診断や医療への公費負担が行われていない。そのため、1988年に全国被爆二世団体連絡協議会が結成され、被爆二世を被爆者援護法の対象とすることや、がん検診の実施などを求めてきた。

厚生労働省は、被爆二世の健康不安に応え、実態を把握する目的で、2003年より被爆二世健康診断事業を実施してきたが、2017年、被爆二世の原告により、国に損害賠償を求める集団訴訟が広島地裁と長崎地裁で起きた。いずれも原告の訴えは退けられ、広島高裁と福岡高裁にそれぞれ上告された。しかし、いずれの上告も2024年に棄却されている。その理由として、被爆者援護法が原爆投下時に出生していた者を対象にしていることのほか、被爆者が受けた放射線によって被爆二世に「遺伝的影響が生じた証拠」がないことも挙げられている。

一方、被爆者や被爆二世の中には、結婚や出産に際して、次世代への遺伝的影響を懸念して苦しんだ人々がおり、もっと明確に「遺伝的影響が生じていない証拠」を明らかにしてほしいという声も聞こえてくる。

日米共同研究機関である放射線影響研究所では、長きにわたって遺伝的影響を調べる動物実験、被爆二世の健康影響調査や被爆二世の末梢血リンパ球を用いた突然変異率の分析などを実施してきたが、これまで被爆による遺伝的影響があるとは認められていない。しかしながら、現在、被爆者・被爆二世を対象とした全ゲノム解析が計画されている。2022年、放射線影響研究所の外部諮問委員会は、試料・情報の取り扱いや解析結果の説明への配慮に加え、「今回の研究が、1950年代から続く放射線の遺伝的影響の研究に区切りをつける結論を出すものとなること」を求めて研究実施を了承した。

ただし、全ゲノム解析であっても、被爆二世への遺伝的影響の有無について、明快な答えが出るとは限らない。仮に突然変異が見つかっても、それが被爆に起因するかどうか、どのような健康影響があるかを個別に解釈することは困難だからである。

最も重要なことは、この全ゲノム解析がいかなる結果となっても、被爆者・被爆二世の苦悩を幾ばくかでも和らげられるか否かであり、被爆者コミュニティを見守る私たちにもその責任がある。世界の平和に寄与する研究となるよう、社会全体で見守っていくべきである。

武藤香織(東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授)[被爆者][被爆二世遺伝的影響][被爆者援護法ゲノム解析

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