「心臓が止まっても、呼吸が止まっても、心臓マッサージを始めることや人工呼吸器につなぐことはしません。入院中は、抗癌剤を投与しません」。かつて私が勤務していたホスピス(緩和ケア病棟)で、すべての患者やその家族に確認していたことである。
私がホスピスに勤務しはじめたのは、2002年であった。亡くなる患者の人間としての尊厳を取り戻すために、癌であるという真実を告げ、自分の余命と向き合う試みとしてホスピスと緩和ケアが普及しはじめていた。衰弱しても抗癌剤を続け副作用に苦しんでいた患者、治療に固執していた患者は、ホスピスで抗癌剤を中止し一時的に体調が回復し、適切な苦痛緩和を受け、丁寧な医療者との対話とケアを通じて、「抗癌剤を止めて良かった」と患者自身も確信するほどQOLは向上する。
あれから14年、在宅緩和ケアに専念するべく開業して3年が過ぎた。訪問診療をしている72歳の肺癌女性は、肺癌の脳転移のため病院で全脳照射を受け、分子標的薬エルロチニブ(タルセバⓇ)の投与を受けているが、診察を始めて以来2年間、薬による皮膚炎、爪周囲炎の治療を続けている。再発がないにもかかわらず、認知機能は低下し、徐々に寝たきりとなっている。放射線治療による遅発性脳障害と考えている。
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