No.4757 (2015年06月27日発行) P.12
登録日: 2016-09-08
最終更新日: 2016-12-20
首相官邸への墜落以降、規制の機運が高まっているドローン。しかし、ドローンは単なる“危ないラジコン”ではなく、人の命を救い、遠隔医療の姿を変えるポテンシャルを秘めている。ドローンが開く新たな医療の可能性を覗いてみよう。
国際医療福祉専門学校(千葉市)で教鞭を執る救急救命士の小澤貴裕氏は、約1年前からドローンの医療応用について研究を重ねてきた。既に写真(上掲)の機体で1kmの飛行実証を済ませている。小澤氏は「ドローンは病院前救護で活躍できる」と話す。
活躍が期待される場面の1つがAEDの運搬だ。ドローンでAEDを現場に空輸すれば、街中で心停止した人の救護を救急車の到着前に始められる。
小澤氏のドローンは、心肺停止に陥った際にSOSを発信できるアプリと連動可能になっており、GPSを利用して要救護者の下へ自動で飛んで行ける。「自動通報でAEDを届けることで、救える院外心停止はかなり増えるはずだ」と小澤氏は期待を込めて話す。
遠隔診療システムと組み合わせれば、山間部の無医地区や離島などに住む患者に、処方した医薬品を空輸することができる。高齢者の受診中断防止や往診する医師の負担軽減につながる。
険しい山岳で高山病にかかったり、スズメバチに襲われた人が出た場合には、上空からダイアモックスやエピペンなどを投下し、映像を通して医師が注射の使い方を教えるといった救護も可能になる。
ドローンで運べるものはこれだけではない。ドローンに詳しい東大大学院の鈴木真二教授(航空宇宙工学)によると、専門家の間では検体や移植用臓器の運搬にドローンを使う案も議論されているという。臓器の運搬に関しては、既に関連医学会から鈴木氏の下へ相談が来ており、現場の関心は高いようだ。
地上からは錯綜して見える事故や災害の現場も、上空からは状況が把握しやすい。ドローンで現場の正確な状況を早く把握できれば、救急車を何台要請すればよいかが分かり、救急出動の効率化や受傷者の病院収容までの時間短縮が期待できる。
実用化に対する期待は高いが、これらはまだすべて「可能性」の話だ。実際に現場で運用するには、医師法、医薬品医療機器法(旧薬事法)などの規制をクリアする必要がある。医療用ドローンの活用は遠隔操作で人の視野の範囲外へ飛ばすことが前提だが、現状でそれを規定する法律はない。
ただし、官邸の一件を受けて航空法改正案が急造され、今国会で成立する見通しだ。ここでドローンが航空法に位置づけられ、一定の規制が設けられるとみられる。法規制により医療分野でも活用の幅が狭まる懸念もあるが、鈴木氏によると専門家や業者の間では「ルールのない現状こそ不安」との声が多数派で、「業者や公的機関であれば夜間・遠隔の飛行を認めるような柔軟かつ明確なルールが必要」という。
技術面の課題もある。ドローンの飛行に必要なGPSは太陽活動の影響で狂いやすく、空中では誤差の修正が難しい。「正確・迅速」が求められる医療用ドローンにとって、誤差はまさに命取りだ。
ドローンの医療分野での活用は「もう一歩努力が必要」(鈴木氏)な状況だが、GPSの精度は2018年に導入が予定される準天頂衛星システムにより格段に向上することが見込まれている。法整備が進めば、ドローンが医療現場に登場する日は遠くないだろう。