2010年頃より爆発的に広まった危険ドラッグは,交通死亡事故や殺人などを含む多くの社会問題を引き起こし,世の中を震撼させた。規制逃れのため,その化学構造式の一部を変化させた,より強力な化合物が次々に生成され,中毒事例の重症化・複雑化をまねき,法医解剖に至る死亡事例も多数認められた。危険ドラッグは,中毒量・致死量の報告が乏しい上に,成分組成もいい加減で,その分析は困難を極めた。
包括指定などの法規制強化,取締強化が功を奏し,厚生労働省の報告では危険ドラッグ販売店は15年7月には全滅したとされる。一方で,危険ドラッグ中毒から薬物依存症に陥った人々が,覚せい剤や大麻などを求める「逆転現象」が危惧されている。実際に,15年の警察庁「薬物・銃器情勢」によると,犯罪全体が減少傾向にある中,覚せい剤取締法違反は0.6%増,大麻取締法違反は19.3%増と,検挙数の増加がみられた。当施設の解剖数でも,16年の危険ドラッグ関連死は中間報告で前年の90%以上減少したが,むしろこれまで稀だった大麻検出死亡事例や,覚せい剤関連死が急増している。薬物規制だけでなく,薬物依存症患者をいかに減少させるかの対策が求められていると感じる。
さて,危険ドラッグ使用が疑われる患者を診た際に,臨床医は届け出る必要があるか,という点であるが,新たな薬物に対して迅速に流行を把握し,対策を講じていく必要があるか,という観点からは,早期の届出・通報が望ましいと考えられる。
【解説】
鵜沼香奈 東京医科歯科大学法医学講師