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国際保健学[特集:臨床医学の展望2014]

No.4684 (2014年02月01日発行) P.74

中谷比呂樹 (世界保健機関(WHO)事務局長補)

登録日: 2014-02-01

最終更新日: 2017-09-26

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─新たな飛躍の萌芽が生まれた─

国際保健は従来,地球の裏側の話,せいぜい,インフルエンザのようなパンデミックへの対応という意味でしか,国内的には理解されてこなかった。しかし,多くの途上国は過去10年で豊かになり,世界の疾病構造は激変している。

例えば,最も国際保健上の課題が多いアフリカは,今や「立ち上がるアフリカ;希望の大陸」(英国・The Economist誌,2013年3月2日号)となり,その成長力は世界のどの地域より高い。疾病・人口についても,2013年5月に公表されたWHO(World Health Organization)統計年次報告では各国の健康格差が縮小しつつあることが明らかになり,世界の平均寿命は70歳に近づき,5歳以下の人口を60歳以上の人口が上回る「少子高齢化」現象の萌芽すら見られる。

さらに疾病構造については,虚血性心疾患が肺炎を抑えて障害調整生命年(disability-adjusted life years;DALYs)リストのトップとなり,長らく途上国で猛威をふるってきた肺炎は2位,下痢症は4位に後退している。このような中で,国際保健の理念や優先順位,そして手法も変わりつつある。

例えば基本理念については,慈善的なものから貧困とその原因となる健康問題を広い意味での人々の安全・安心,社会的安定と発展の基盤と捉える「人間の安全保障」の考えに進化している。さらには,ひいては,豊かな北の国が,貧しい南の国を公費の開発援助費で支援して「あげる」といったコンセプトから,大きな資金と成長が見込まれるビジネス分野,あるいは保健外交といった各国が地球的規模の課題への対応力をもって総合的国力を競い合う場に変わってきつつある。

また国際保健の優先順位については,感染症と急増する非感染症の両面対応が求められ,国際保健の手法についても,公衆衛生分野の技術革新に加え,官民からの拠出を募ったり,途上国自身の投資を促したり,あるいは,知的所有権・貿易政策との関連で医薬品の価格を低下させて途上国を卒業した国の自助努力をサポートするといった多くの選択肢が示されるようになってきた。このように,国際保健はダイナミックに変貌する魅力のある分野となっており,多くのコンサルティング企業や他分野からの参入が活発になっている。

これらは日本の医療界にとってどのような意味を持つのであろうか。筆者は,日本の経験・技術・人材をもって世界に貢献し,また,我が国の医療も経済も発展するまさにウィン・ウィン関係を築く,またとないチャンスであると考える。

すでに,途上国の保健医療ニードに対応する医薬品等を開発するためのグローバルヘルス技術振興基金(Global Health Innovative Technology Fund;GHIT Fund)が2013年から本格的活動を開始しており,内閣に設置された健康・医療戦略推進本部(本部長:内閣総理大臣)では,各省局長を構成員としJI CAやJETRO代表者も参加する「医療国際展開タスクフォース」で,国際的視野を持った検討が行われている。

2014年はいよいよ国連の定めたミレニアム開発目標終了の1年前である。本稿で述べる2013年に萌芽を見た5つの潮流がどのように開花していくのか,刺激的な2014年が待っている。

最も注目されるTOPICとその臨床的意義
TOPIC 2/NCDへの新たな戦い
途上国を含めて世界的な健康課題として非感染症(NCD)の重要性が認識されるようになり,国際的な取り組みが開始されようとしている。この分野は日本の経験・技術・人材が活きる分野であり,積極的関与が期待される。

この1年間の主なTOPICS
1 MDGs後の枠組み協議の加速
2 NCDへの新たな戦い
3 CDの制圧を目指したコミットメントの確認
4 研究開発と公衆衛生の新技術
5 グローバルイッシューへの対応

TOPIC 1▶‌MDGs後の枠組み協議の加速

今日の国際保健の最大の論議は,2015年に終期を迎えるミレニアム開発目標(Millennium Development Goals;MDGs)の,その後の「ポストMDGs」である。

そもそもMDGsとは,2000年9月の「国連ミレニアム宣言」と主要な国際会議やサミットで採択された各種目標を統合する1つの共通の枠組みとしてまとめられたもので,8つの目標を掲げている。すなわち,①貧困と飢餓の撲滅,②普遍的初等教育の達成,③ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上,④乳幼児死亡率削減,⑤妊産婦の健康改善,⑥HIV/エイズ,マラリアその他の疾病の蔓延防止,⑦環境の持続可能性確保,⑧グローバル・パートナーシップの推進,であり,例えば,HIV/エイズについては「蔓延を2015年までに阻止し,その後減少させる」といった具体的な到達目標が記されている。

この8つのMDGsのうち3つが保健医療に関するもので,三大感染症対策が進み,遅れていた母子保健関係の指標も近年急速に改善しているが,課題の達成には道半ばといった状況である1)。それがゆえに,保健医療関係の目標が2015年以降も維持されるのか,拡大されるのか,逆に,過去15年優遇されてきたため,環境問題や雇用といったそのほかの課題に焦点が当てられるのかが大きな関心事になっている。

ポストMDGsの論議に向けて国連事務総長は,インドネシア大統領,リベリア大統領,および英国首相が共同議長を務めるハイレベル有識者会議(High Level Panel of Eminent Persons)を設け,同委員会は国連諸機関特命チームの意見も踏まえて,2013年5月に報告書を取りまとめた2)。また,同時並行的に,環境と社会開発の持続可能性に力点を置くブラジルなど有志国が主導する「国連持続可能な開発会議(リオ+20)フォローアップ公開作業グループ(Open Working Group)」や,関係の大学・研究機関の協議体である「持続可能性問題解決ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network)」も作業を続けており,その進捗状況の総括が2013年9月25日,国連総会の特別イベントとして行われた。

我が国は,安倍晋三内閣総理大臣が日本のグローバルヘルスへの強いコミットメントを表明し,また,フランス大統領とともに,ポストMDGsの優先課題として保健サービスの普遍的普及(universal health coverage;UHC)を取り上げ,各国の自助努力を促す形でその実現を図ること,そのために,いち早く国民皆保険を達成し,今や介護保険にまで延伸した我が国の経験を分かち合い,これにより世界に貢献していきたいことを述べられた3)

今後の国際保健アジェンダはこのUHCを中心に進んでいくものと思われるが,日本はその経験と政治的コミットの強さから,大きなリーダーシップを取りうる位置を占めている。

◉文 献

1)WHO Secretariats:Monitoring the achievement of the health-related millennium development goals.
[http://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/EB134/B134_17-en.pdf]

2)United Nations:A new global partnership―Eradicate poverty and transform economies through sustainable development.The report of the high-level panel of eminent persons on the post-2015 development agenda.
[http://www.un.org/sg/management/pdf/HLP_P2015_Report.pdf]

3)Abe S:Lancet. 2013;382(9896):915-6.

TOPIC 2▶NCDへの新たな戦い

国際保健の主要課題は感染症(communicable diseases;CD)であったが,世界的な経済発展とそれに伴う人口・疾病構造の変化は顕著であり,今や世界における死亡の65%は非感染症(non–communicable diseases;NCD)で,その8割が途上国・中進国で起こっている。さらに,NCDによる死亡者の25%が60歳以下の比較的若い世代であること,また経済的弱者に死亡が偏重していることも明らかになった。さらに,最近注目を浴びている健康指標である障害調整生命年(disability–adjusted life years;DALYs)を見ると,多くの国で少なくとも50%,日本など長寿国では80%以上の疾病負荷がNCDに起因し,その率は上昇中にあることがMurrayら1)の研究によって明らかにされた。

その対応として,WHO総会は2012年に引き続いて2013年にもNCDを重点的に審議した。すなわち,「NCDの予防と対策に関する行動計画2013─2020(action plan for the prevention and control of non–communicable diseases)」2)および,「総合的精神保健行動計画2013─2020(comprehensive mental health action plan)」3)である。

NCD行動計画は,回避できるNCDによる負荷から解放された世界を目指して,以下の9つの「任意到達目標」を掲げ,それを25の指標によってモニターすることを骨子としている。

①心血管疾患,がん,糖尿病,慢性肺疾患による早期死亡(30~70歳)を25%減,②アルコール消費10%減,③身体的不活動10%減,④食塩摂取30%減,⑤15歳以上の喫煙30%減,⑥高血圧25%減,⑦糖尿病と肥満の増加抑制,⑧心筋梗塞・脳卒中高リスク群の予防内服率50%以上,⑨NCD医薬品・診断へのアクセス80%確保。

特に①については,現在のNCDによる死亡の48%(心血管疾患),21%(がん),12%(慢性肺疾患),3.5%(糖尿病)を占める4疾患に重点的な対応を行うこととし,2025年までに前述の25%減を実現するよう各国政府は努力をすること,また,WHOは支援をすることとなった。この目標は25 by 25(2025年までに25%削減)として,前述のポスト2015年論議にも大きな影響を与えるものと思われる。

精神保健に関しても同様の論議がなされた。ここでいう“精神保健”とは,ICD–10に定める広範囲の精神神経疾患および行動障害を指しており,疾病負荷はきわめて大きなものがあるものの,途上国では,ほぼ手つかずの状態で放置されてきた問題である。今般NCDと歩調を合わせる形で,国際的な合意が「総合的精神保健行動計画2013─2020」としてなされた。この行動計画でも「任意到達目標」を定めており,80%の加盟国が精神保健政策を見直すこと,精神保健サービスのカバレッジを20%拡大すること,自殺率を10%低減すること,などを目指すこととなった。

また,視力障害者の9割が途上国におり,その8割が予防可能であるとの認識から,「眼科保健拡充5カ年行動計画」もWHO総会で決議されたことも特筆されるべきであろう。

◉文 献

1)Murray CJ, et al:N Engl J Med. 2013;369 (5):448-57.

2)Sixty-Sixth World Health Assembly: WHA66.10―Follow-up to the political declaration of the high-level meeting of the general assembly on the prevention and control of non-communicable diseases.
[http://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA66/A66_R10-en.pdf]

3)Sixty-Sixth World Health Assembly: WHA66.8―Comprehensive mental health action plan 2013–2020.
[http://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA66/A66_R8-en.pdf]

TOPIC 3▶CDの制圧を目指したコミットメントの確認

NCDに大きな関心が寄せられているものの,途上国におけるCD問題が一気に解決したわけではなく,むしろ途上国はCDとNCDの双方の脅威に同時に立ち向かわなければならない状況にある。特にHIV/エイズ・結核・マラリアの三大CDは,健康問題であるばかりではなく,貧困の根源,すなわち開発上の大きな課題であるとの認識から,MDGs上の開発目標の6番目に取り上げられ,過去10年以上国際的な取り組みがなされた。その資金提供に大きな位置を占めるのが,世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)であり,三大CDに対する援助総額のうち,エイズでは21%,結核では82%,マラリアでは50%が同基金を介して提供されている(ちなみに,それぞれの対策の主体と最大の資金提供元は各国政府である)。

2013年,3年に1度の拠出者会議が12月2~3日に米国政府主催でワシントンDCにおいて開催され,参加国・民間財団・産業界などから2014~16年の3年間に120億ドル(1兆2000億円)に及ぶ拠出意図表明があり,WHOなどが推計した資金総需要額の約1/7の手当てが一気にできたことになる1)

次に,国際保健において大きな資金需要を要するのがポリオ根絶対策である。WHOがポリオ根絶に乗り出した1988年には,年間35万人以上の子どもが125カ国においてポリオにより弛緩性麻痺を来していたが,2012年には99%削減され,わずか3カ国(アフガニスタン,パキスタン,ナイジェリア)から223例となり,いよいよ,その根絶に向けての歩みを加速することとなった。WHOは関連機関との調整のもと,以下の4項目からなる「世界ポリオ撲滅戦略計画2013-2018(polio eradication and endgame strategic plan)」を作成した2)

①ウイルスの同定と伝播阻止,②予防接種システム強化と経口ワクチンの漸次中止,③ウイルスの封じ込めと認証,④関連インフラの他分野での活用。

この計画は今後6年間に55億ドルの資金を要するため,2013年4月にUAE・アブダビで開催された世界ワクチンサミットの場でドナーへ拠出要請が出され,約40億ドルについて確保される見込みがついた。日本は官民挙げて,ポリオ根絶に大きな資金的・技術的協力をしてきており,天然痘に次いで人々を長年苦しめてきた病気を克服する日が来れば,人類への大きな貢献となろう。しかしながら,ポリオが完全に制圧されていない今日の状況では,ワクチンの接種が滞るなどすると容易に弛緩性麻痺症例が出ることになり,事実,治安状況が悪化しているシリアにおいては,2013年11月末までに17例の症例が報告されている。そのため,WHOとUNICEF(United Nations Children’s Fund)は予防接種を行うための一時的な戦闘中止を呼びかけ,すべての子どもにもれなく接種を行うべきだとしている。

加えて,以下のCD関係の動きが特筆されよう。

第一が小児肺炎と下痢症対策の強化である。これらは未だに途上国における小児保健の最大の課題であるが,2013年4月にWHOとUNICEFが公表した,「小児肺炎および下痢症予防と対応に関する世界総合新行動計画(new integrated action plan for the prevention and control of pneumonia and diarrehoea)」によれば,両者に共通する母乳栄養といった15の対策を十分に行えば,2025年までに肺炎死亡の67%,下痢死亡の95%を減らすことができるとしている3)

第二が特定熱帯対策や肝炎対策の強化であり,WHO総会においての審議を踏まえて2014年以降,メジナ虫症(Guinea-worm disease)やフランベジア(yaws)の根絶などに進展が期待されている。

◉文 献

1)Global Fund.Press release:Global Fund donors pledge US$12 billion.3 December 2013.
[http://www.theglobalfund.org/en/mediacenter/newsreleases/2013-12-03_Global_Fund_Donors_Pledge_USD_12_Billion/]

2)Global Polio Eradication Initiative:Polio eradication and endgame strategic plan 2013–2018.April 2013.
[http://www.polioeradication.org/Resourcelibrary/Strategyandwork.aspx]

3)The Lancet:Executive summary of Lancet series:Childhood pneumonia and diarrhea. 12 April 2013.
[http://www.thelancet.com/series/childhood-pneumonia-and-diarrhoea]

TOPIC 4▶研究開発と公衆衛生の新技術

2013年は公衆衛生の新技術とその研究開発に幾つかの重要な発展があった。まず,研究開発については2つの報告書が注目される。

第一がWHO,WIPO(World Intellectual Property Organization),WTO(World Trade Organization)の3機関が協力して作成した,公衆衛生,知的所有権と貿易問題を念頭に置いた「医療テクノロジーと技術革新へのアクセス向上に関する報告書」である1)

往々にして,革新的な医療技術やその製品は,あまりにも高価で途上国にはアクセスできず,その根源は,開発者を保護する知的所有権と先進国に有利な貿易慣行であるとの非難がある。この報告書は,医療技術の特殊性,公衆衛生上の需要,革新の本質,アクセス向上の課題といった,主要な論点を整理することにより,異なった立場の論議を少なくとも共通の言葉で行うための最初の資料として評価しうるものである。

第二はWHO保健報告書2013で,UHCのための研究を取り上げ,研究あるいは技術革新は,先進国のみで生み出されているのではなく,途上国でも活発になされており,すべての国が研究の主体であり,また成果の受益者である,したがって,すべての国々が参加できる研究開発推進の仕組みが必要であるというメッセージを,豊富な事例をもって説明している2)

次に事象的であるが,公衆衛生に関連する主要な技術革新について列挙してみたい。

リファンピシン以来40年ぶりの結核新薬

2012年末に米国食品医薬品局(FDA)がbedaquiline(Johnson & Johonson)に,2013年11月には欧州医薬品庁(EMA)がdelamanid(大塚製薬)に暫定的承認を与えた。これらは,多剤耐性結核の治療に大きな貢献をする可能性があるものの,その乱用はたちまち耐性発生を促すため,WHOは利用の手引きを作成して慎重に用いるように推奨することとしている。

黄熱病ワクチンの追加接種は不要

WHOの予防接種専門家諮問委員会は,過去の黄熱病患者の予防接種歴などを精査した結果,再接種は不要との意見を取りまとめた。

エイズ治療ガイドラインの改定

感染者に対して早期治療を行うと集団における感染率が下がる,というエビデンスの集積を踏まえて,CD4 500cells/mm3を治療開始指標とすること,合剤のあるテノホビル+ラミブジン(orエムトリシタビン)+エファビレンツを第一選択とすることなど,成人,妊婦など対象者ごとに微妙に異なっていた治療の大幅な標準化を図った3)。これにより1500万人にも上る治療対象者の治療アクセスを高めようとするもので,UHC時代の治療ガイドラインの先駆となるものと関係者は理解している。

◉文 献

1)WHO,WIPO,WTO:Promoting Access to medical technologies and innovation.
[http://www.who.int/phi/promoting_access_medical_innovation/en/]

2)WHO:World health report 2013―Research for universal health coverage.
[http://www.who.int/whr/en/]

3)WHO:Consolidated guidelines on the use of antiretroviral drugs for treating and preventing HIV infection.
[http://www.who.int/hiv/pub/guidelines/arv2013/en/]

TOPIC 5▶グローバルイッシューへの対応

国際保健の大切な機能の1つが,国境を越えた保健問題への対応である。2013年は,幾つかの懸念事項に対して対応がなされた。

第一が,2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故に起因する放射線の健康影響問題である。我が国はもとより,国際社会の懸念を踏まえてWHOは国際専門家委員会の報告書を取りまとめ2013年2月に公表した1)。「予想される健康リスクは少なく,がんの発生率も基準値を上回るものを観察していない」としているが,放射線曝露の影響が顕在化するのは長い年月を過ぎた後であるため,継続的な観察が欠かせない。

第二が,急性感染症として注目されたのが中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome coronavirus;MERS–CoV)と,H7N9型インフルエンザである。前者は,新種のコロナウイルスによる感染症で,感染すると2~15日の潜伏期を経て重症の肺炎,下痢,腎障害などを引き起こし,糖尿病や心肺疾患などのほかの慢性疾患罹患者を中心に,170名の患者と72例の死亡が2013年12月27日現在で報告されている2)。治療は,特効薬やワクチンがないため対症療法で,今のところ「持続的なヒトからヒトへの感染」は起こっていない。そのため,WHOは継続的にリスク評価を行っているが,渡航制限などにつながる警戒水準の引き上げは行われていない。

インフルエンザA(H7N9)は従来,低病原性と考えられてきたが,2013年3月末に中国・上海市で2例の死亡例が報告されたことから注目を浴びた。4月には多くの症例報告が中国からあったが,その後,鎮静化し8月26日〜10月7日の間では新たな症例は報告されていない。結果,135症例が中国からWHOへ報告され,そのうち45名が死亡している。12月に入り散発的な報告例があるため,WHOは前述のMERS同様,継続して動向を注視していくこととしている。無論,かねて問題のH5N1への監視も継続されている。

第三が,薬剤耐性(菌)に対する対応である。薬剤の適正使用,診断能力の向上,サーベイランスの実施など,通常の感染症対策への基盤の充実を待って取り組まねばならないため,取り組みが遅れてきたが,近年の国際保健の向上は感染症対策の結果という側面もあり,その成果を後退させないためにも対応強化が必要となってきた3)。WHOは,薬剤耐性問題に対する新たな専門家委員会を組織して,食品に供される動物への抗菌薬の適正使用を含めた総合的な対策を諮問している。

最後が,人道的緊急援助である。自然・人為を問わず,災害は健康弱者へ大きな負荷を与えるため,保健セクターの果たすべき役割は大きい。国際社会は,シリア騒擾によって生じた国内的・国際的難民に対する支援を行い,また直近では,フィリピンを襲った台風ハイヤンによる被害者への対応を行った。

◉文 献

1)WHO:Health risk assessment from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan earthquake and tsunami, based on preliminary dose estimation.
[http://www.who.int/ionizing_radiation/pub_meet/fukushima_risk_assessment_2013/en/index.html]

2)WHO:Middle East respiratory syndrome coronavirus(MERS-CoV)– update.
[http://www.who.int/csr/don/2013_12_27/en/index.html]

3)Laxminarayan R, et al:Lancet Infect Dis. 2013;13(12):1057-98.

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