No.4890 (2018年01月13日発行) P.20
二木 立 (日本福祉大学相談役・大学院特別任用教授)
登録日: 2018-01-16
最終更新日: 2018-01-10
今号は新年第2号ですから、最新の医療・福祉政策の分析からは離れ、やや「浮世離れ」したことを書きます。それは「モラルハザード」という用語には、(医療)経済学上は、「モラルの欠如」等の道徳的な悪い意味はないことです。
このことを書こうと思った直接のきっかけは、昨年9月の医療経済学会第12回研究大会の複数の一般演題が患者負担の減少による医療受診・医療費の増加を「モラルハザード」と否定的に呼んでいたからです。以下、この用語について私が今までの勉強で得た知見を、学んだプロセスに沿って紹介します。
私が「モラルハザード」という用語の(医療)経済学的な意味を最初に学んだのは1985年に読んだFeldstein PJ “Health Care Econoimics”(第2版, 1983)においてでした。同書は医療保険の章で、以下のように書いていました。「保険が個人が支払う医療価格を下げるので、個人は全額支払う場合よりも多くの医療を消費する。個人のこの行動が『モラルハザード』と称される。このような条件で医療を消費する個人にとっては、これは完全に合理的な行動である」(126頁)。1993年にアメリカUCLA留学中に読んだPhelps CE “Health Economics”(初版,1992)にも以下のように書かれていました。「モラルハザードはモラルとは無関係で、予期可能なため危険ですらない。モラルハザードは合理的消費者の価格低下に対する予期可能な反応である」(288頁)。私は、この2冊により、「モラルハザード」は「消費者にとって合理的な行動」、「モラルとは無関係」との理解を刷り込まれました。