[要旨]ボタン電池誤飲事例は後を絶たず、最近全国初の実態調査が行われた。3Vのボタン電池誤飲の危険性は多数報告されており、1.5Vのボタン電池はそれより危険性が低いと考えられてきたが、体格の小さな乳児の食道や鼻腔、眼部などに嵌頓すると大変危険である。
我々は、自由エネルギー変化とボタン電池食塩水浸漬実験結果から、1.5Vボタン電池でも組織傷害性のアルカリが生成されるのは、陽極の腐食とカップリングしていることが大きいと考えた。
ボタン電池誤飲は小児を主とする重要な救急疾患で1)、1982年に山下らが14症例を日本医事新報にまとめたのが我が国最初の報告である2)。そして30年以上を経て東京慈恵会医科大学と一般社団法人電池工業会によって初の全国の実態調査が行われ、新聞で大きく取り上げられた3)。また東京都からは実験4)に基づいた「コイン形電池・ボタン形電池を子供にさわらせないで!」という注意喚起のリーフレットが発行されている。
ボタン電池のうちコイン形は大きくて3Vと高電圧、ボタン形は小さくて1.5V内外(1.35~1.55V)の低電圧である。先の実態調査では健康被害15件のうち14件がコイン形で、相対的にはボタン形の危険性は小さい。しかし、乳児の細い食道に嵌頓すれば致死的で5)、小さいがゆえに鼻腔内への挿入が問題となり6)、眼部での嵌頓も起こりうる7)。
ボタン電池の嵌頓では早期からアルカリによる組織傷害が始まる。1.5Vのほうが3Vと比べてゆっくり進むという違いはあるが、アルカリは、電池の放電とともに生成される8)。しかし、低電圧1.5Vでもアルカリが生成される理由については、以下に記す2つの説明が30年間並行したままである。本稿では両説明の化学反応を、平衡論(自由エネルギー変化)と簡単なボタン電池食塩水浸漬実験で検討する。
Litovitzら8)は、ボタン電池誤飲における組織傷害の要因を、重要な順に、①組織液の電解による陰極でのアルカリ生成、②電池のアルカリ内容の漏れ出し、③周囲組織への機械的圧迫、とまとめている。まとめは7つの実験研究を根拠に挙げ、うち5つが日本からで、山下らの医事新報に次ぐ動物実験9)が低電圧1.5 Vでのアルカリ生成の世界で最初の報告である。生成機序にはいくつかの説があるが、陰極の半反応(電気化学反応は陽極と陰極で分けた半反応で考えることが多い)については、水が還元されて水素の発生とともにOH-(水酸化物イオン)が生成される
(1)陰極:2H2O+2e-→ H2+2OH-
として一致している。
LangkauとNoesgesら10)は、ボタン電池に食塩水を浸したリトマス試験紙を付けると短時間で藍色にかわるという実験で、山下らを支持した。山下自身は斎藤らとさらに詳細な動物実験を行い、陽極の半反応は、塩素イオンが電子を放出する
(2)陽極:2Cl-→ Cl2+2e-
と推定した11)。これと陰極の半反応式(1)を合わせると
(3)2H2O+2Cl-→ H2+Cl2+2OH-
となり、これがOH-生成機序について敷衍している山下・斉藤らの説明である7)。
なお陽極で発生したCl2は、気泡となるかH2Oと不均等反応してHCl(塩化水素)とHClO(次亜塩素酸)となり、さらにアルカリと反応してNaCl(塩化ナトリウム)とNaClO(次亜塩素酸ナトリウム)になると、大橋ら12)は推定している。
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