想像してみて下さい。もしあなたに娘がいたとします。リビングソファに座った彼女が、ニコニコ人差し指を眺めながら、「彼にね、“おもちゃ”みたいな婚約指輪もらったの!」と喜んでいたらどう感じますか?そして翌日“ご挨拶に”と彼氏がやって来ました。和やかな会食の最中、彼が意を決した様子で頭を下げました。「娘さんを“おもちゃ”にしたいから結婚させて下さい!」
いかがでしょう?とてもとても一緒にさせる気にはなりませんよね。“おもちゃ”の語感、悪すぎます。でも、そんな“おもちゃ”がボクのクリニックでは大活躍しているのです。
外来で、こどもたちがリラックスしながら過ごすためのアメニティーとして、“おもちゃ”は大切な役割を持ちます(図1)。こどもたちが来院したときに「楽しそう」と感じるか、「冷たそう」「恐そう」と感じるかで、その後の医療行為の印象がかなり変わってくるからです。恐怖や不安は医療行為の苦痛を増やし、嫌院を助長します。でも、楽しい気分を盛り上げる雰囲気は、こどもの頑張ろうとする力を応援する要素となるのです。ボクのクリニックでは、玄関カウンターの上でアーチレインボーやノアの箱舟積木がこどもたちを出迎えています。
また、“おもちゃ”はコミュニケーションツールとしてとても有用です。待合室で嫌がっているこどものためにJelikuをポケットから出してみましょう。平面から立体に造形できる“おもちゃ”、さっとキリンをつくって見せたら?ほら、もうお友達です。こどもたちは、どのような状態であっても「遊びたい!」という意欲があります。スタッフが、“おもちゃ”を上手に使って関わることで、保護者には「遊べるくらいの元気があるんだ」という安心感を与えますし、こどもには「一緒に遊んでくれる人(=味方)」と感じてもらうことができるのです。
インフォームドコンセントに必要とされる判断能力が未熟なこどもは、保護者が説明を受け判断し、医療方針を決定することになります。しかし、こども自身にも、発達に応じた方法で説明し、納得して医療を受けてもらう必要があります。これをインフォームドアセントといいます。
プレパレーションには「準備、用意」といった意味があり、インフォームドアセントの一部を担う大切な役割を持ちます。ここで効果を発揮するのが“おもちゃ”です。
診察の場で、こどもに検査や処置の手順を言葉で説明しても、大人と同じ理解を得ることは困難です。そこで、これからの医療行為の中で見るものや感じることを、わかりやすく視覚的に伝える必要があります。この時に用いる“おもちゃ”をプレパレーショントイと言います。たとえば、シュライヒⓇのカバのフィギュア。ユーモラスに大きな口を開けています。「お口あーん」を頑に拒否するこどもに「おのどが見たいだけ。このカバさんみたいに大きなお口をあけられたら、棒を入れなくても見られるよ!」と持たせてみましょう。「上手!カバさんより大きなお口できたね」となるかもしれません(図2)。
こどもの痛みは、緊張や不安、怒り、恐怖など様々な要因で増幅されます。これらを取り除く効果のある“おもちゃ”をディストラクショントイと言います。ディストラクションは直訳すると「気を散らすこと」という意味で、処置中の遊びを交えた介入により疼痛を緩和する方法です。「情緒的な要因を緩和する非薬物学的療法」と位置づけられ、知覚統合の未熟な乳幼児にとっては最も効果的なペインコントロール方法とされています1)。
予防接種など一瞬の痛みには、動きのある“おもちゃ”が有効です。キャンプヒル共同体の木製メリーゴーランドを穿刺の瞬間にクルッと回してみましょう。その動きに目を奪われ、痛みを忘れてしまいます。
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ボクのクリニックで八面六臂の大活躍をしている“おもちゃ”ですが、先のセリフを手持ちの辞書で調べると、【おもちゃみたいな(=無価値な物、安ぴか物)】、【おもちゃにする(=もてあそぶ、慰み者にする)】とあります。散々な言われ様ですね、“おもちゃ”。数年前に訪問したロシアで、“おもちゃ”はイグルーシカ(Игрушка)と言う、と知りました。これには「大切な物」「宝物」といった意味もあります。「日本語の“おもちゃ”もいつかイグルーシカと同じ意味を持つようになるといいなぁ」と願いつつ、ボクは今日も診察室でシュライヒⓇのカバのフィギュアを手に取り、こどもたちのノドを診ています。
【文献】
1) 田中恭子:小児保健研. 2009;68(2):173-6.