わが国で医師の偏在が大きな問題として取り上げられて久しい。その解消のために様々な議論がなされてきたものの、俎上に載るのは小手先の対策ばかりで、実効性に欠けるものばかりであったと言ってよいのではないだろうか。
医療という仕事の質に違いはあるにしても、医師そのものは特別な人間ではなく、家族を持った一般的な社会人と基本的には同じである。会社員などのように、キャリア形成のために地方勤務を求められるような会社組織の一員という背景があるわけではなく、医師は基本的にどこで仕事をしようが自由である。
現在の社会そのものの偏在を考えれば、自らが望む場合を除いて地域、特にへき地での勤務を希望する医師がどうしても少なくなるのは致し方ないことであろうと思われる。また、自ら望む場合であっても、家族の意見により実現できないこともしばしばであろうと思われる。それでも、地方において以前は大学の医局が会社組織のような役割を果たし、人材を循環させることができていたと言える。そのような地方の実情をよく理解せず、医局制度そのものを悪としてしまったことで、医局という会社類似組織を潰してしまい、さらにタイミングの悪いことに医療の専門分化が進展したために、加速度的に地方の医師不足が進んでしまったものと言える。
大学の医局とは、言ってみれば部活か相撲部屋のようなものであり、同じ釜の飯を食った先輩後輩という関係で、人事異動についても無理が通るということが言える。また、その先輩後輩で構成される医局であるから、地方やへき地の勤務も何年かで必ず交替してくれるという、言わば保証のようなものがあり、何かの時には必ず応援を出してくれるという安心感があったとも言える。同等のことを医師の派遣組織などで代替えできるかと言えば、それは否であろう。また、修学資金などではなく強制的に勤務先を指定するような仕組みは、有能な人材が医師をめざす動機づけを奪い、医師の質の低下によりわが国の医療水準の低下をもたらすことが危惧される。大都市偏在の社会を是正できないのであれば、大学の人材派遣能力を回復させる以外に、地方では有効な手段はないのではなかろうか。