事故の知らせを聞いたときは非常に驚いた。なぜなら、事故が起きたJR東海道本線共和駅というのは当院最寄り駅の隣だったからである。自分の患者ではないかと早速カルテを探したが違っていた。なぜ調べたかというと、自分がこの患者にもしドネペジルを処方していたならば、薬の副作用(興奮)によって徘徊を増悪させた可能性があったからである。裁判の焦点は常に家族の監督責任にあてられていたが、実は医師からの処方は事故を誘発する可能性を秘めており、患者がどのような薬を飲んでいたかということにも関心が向けられるべきだったと思う。
アルツハイマー型認知症は迷子になりやすく、レビー小体型認知症は妄想から外出しやすく、ピック病は衝動的に外出しうる。言ってみれば、ほとんどの認知症は鉄道事故の可能性を持っている。しかし、医師が記憶障害の改善によかれと思って処方したニセルゴリン、アマンタジン、アルツハイマー型認知症治療薬の4成分(特にドネペジル)は、私は“興奮系”と呼んでいるが、むしろ徘徊を助長する可能性が高い。このような論議がなされない理由は、多くの医師や報道機関が、徘徊は認知症の症状である一方、薬によってアレンジされうるということを知らないからである。逆に、徘徊を減らす薬はいくらでもあるということも誰も語らない。最高裁が家族に責任はないと判断したように、ちょっと目を離しただけで外出してしまった今回のケースにおいて、妻の監督責任を問うのはあまりにも酷である。
残り575文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する