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病原菌との闘い[炉辺閑話]

No.4993 (2020年01月04日発行) P.10

寺本民生 (一般社団法人日本専門医機構理事長)

登録日: 2020-01-01

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『銃・病原菌・鉄』(ジャドレ・ダイアモンド著)という「人類史」を読んだ。題名に、銃と鉄に挟まれて「病原菌」が入っていることに興味を持ったのである。

銃と鉄は、人類が戦いに勝利する上できわめて重要であったということは、わが国の歴史をみても明らかであるが、はたして、病原菌がそれほどの力があるものか、疑問であった。しかし、スペイン人のピサロがインカ帝国を征服するときの話を読むと、まさにその題名通りのことが納得できる。ピサロは168人という少数の軍隊(?)を率いて、約8万人の軍隊により護衛されているインカ帝国皇帝アタワルパと戦うことになるが、あっけなく「計略」と鉄でできた鎧と銃を用いて、この大軍を降伏せしめるのである。若干不思議な話であるが、わが国が鎖国時代に、軍艦や大砲という武器に驚いて「不平等条約」を交わさざるをえなかったということから、容易に想起できる。

しかし、それ以上に驚くのは、天然痘などの病原菌の脅威である。コロンブスが1492年にアメリカ大陸を発見して以来、ヨーロッパ人(天然痘に免疫を獲得した)たちが入植することにより、天然痘に汚染されていないアメリカ大陸の先住民の約95%を天然痘により消滅させたというのである。8万人という大群のインカ帝国軍が、たった168人のピサロ軍に負けたその背景にも実は天然痘の蔓延が関与していたということで、先の話も腑に落ちる。病原菌が鉄や銃よりもはるかに大きな力を発揮していたのであろう。ジェンナーの種痘の発明以来、180年間の病原菌との戦いの末の、1980年のWHOによる天然痘撲滅宣言は、まさに医学の発展の象徴的な出来事であったと思う。

私の父は軍医であったが、あまり戦争のことを語らない父がやや得意げに「金鵄勲章」を見せてくれたことがある。それは、父が、満州に派遣されていたときに、父の部隊だけがコレラに罹らずに兵隊を護ったということでの勲章である、とのことであった。父が言うには、単に、井戸の水を飲むことを禁じただけだと言っていたのが思い出される。

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