No.5043 (2020年12月19日発行) P.58
中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)
登録日: 2020-12-10
最終更新日: 2020-12-10
医師になって三十余年が過ぎた。当時としては珍しく、私は二百床もない市中病院で初期研修を始めた。その後、大学教員となって二十五年にわたり、若手医師に教え続けている訳だ。この間、医局員ばかりではなく、看護スタッフを交えてのカンファレンスに参加してきたが、最近では管理方針に関する議論が少なくなったと感じる。
診療科を問わず、同世代の医師ならば判って頂けると思うが、ガイドラインのない当時の若手医師は、教科書とともに多くのコマーシャル雑誌に目を通したものである。PubMedを使った海外文献の検索などは想像もできなかった時代であり、改訂にtime lagのある教科書よりも、これらの雑誌に専門家が書く解説論文が貴重な情報源であった。当時の疾患別の特集号には、「我が教室における〇〇の管理」というのが良く見られたものである。当然のことながら大学によって管理方針に違いがあり、市中病院の研修医である私は、これらの解説論文を読んでは「混迷の世界」に度々放り込まれたものである。今でも忘れ難いが、研修開始直後に妊娠悪阻に対する輸液指示に迷っていると、「そんなことも決められないのか!」と上級医にこっぴどく叱られたことがある。
そのお陰といっては何だが、治療方針には必ずalternativeがあり、個々の患者の病態のみならずその生活に合わせて選択できることを身体で学んだように思う。昨今のガイドラインに「〇〇を考慮する」という文言があれば、可能な限り「実施する」という義務化に読み替えられているように感じる時がある。勿論、患者が抱える事情によって実施不可能な場合は多々あるが、不利益の出現があった場合には「自己責任ですよ」と患者に押し付ける。産科領域では、患者が抱え込んだ胎児と家族(特に、上の子)との利益対立は日常茶飯事であるが、この解決を押し付けられる妊娠女性は哀れである。alternativeを考慮した「問い」を、何時までも持ち続けなければならない。
中井祐一郎(川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)[女性を診る]