井川裕覚 (東北大学大学院文学研究科特任助教)
登録日: 2025-03-28
最終更新日: 2025-03-26
前稿(No.5268)では、世界的なホスピス運動の流れをふまえ、患者・家族のスピリチュアルな次元のニーズに応えようとするスピリチュアルケア(以下、SC)の展開を概説した。SCとは、対象者のスピリチュアリティに配慮し、傾聴を通してそれぞれの支えとなるものを探るケアである。本稿では、SCの前提となるスピリチュアリティについて考えたい。
その定義は必ずしも確立されていないが、次の定義が参考になる1)。「スピリチュアリティとは人間性の力動的で本質的な一側面であり、人は、それを通して、究極的な意味・目的・超越を探し求め、それを通して、自己・家族・他者・コミュニティ・社会・自然・大切にすべきもの・神聖なものとの関係を経験する。スピリチュアリティは、信仰・価値観・伝統・実践を通して表出される」。スピリチュアリティは、様々な信仰や価値観、伝統に基づく日常的実践を通して、他者との関係性のもとに生きる意味や目的を探究する際の土台となるものであることが理解できる。
医療現場で語られる「スピリチュアルペイン」は、主に終末期患者の死にまつわる答えの出ない言説(「死んだらどうなるのか」など)や死への恐怖に付随してとらえられていることが多い。医療者から、こうした問いかけへの「答え」を教えてほしいと尋ねられることもある。その根底には「ペイン」を取り除くという問題解決型の考えがある。他方、先の定義では、SCの基礎となるスピリチュアリティが「伝統」に基づく日常的実践の側面から説明されている。筆者は、この「伝統」を人々の慣習に基づき蓄積されてきた「生活文化」を含むものと理解している。
臨床宗教師として患者や家族のSCにのぞむと、様々な喪失や悲しみが語られる。そこには確かに死をめぐる言説も含まれる。しかし、語りの多くは、些細な日常生活の喪失や過去の思い出、残される家族や友人への思いなどである。限りある命を見つめる中で、自分が何を失い、また限られた時間で何をすべきかわからないという混乱状態に陥っているようにも理解できる。そのためSCでは、「ペイン」を取り除くというよりも、対象者が具体的に何を失い、そうした状況にありながら何を支えに生きているのか、また本当に大切なことは何かを丁寧に確認することが求められる。
医療現場において、死にまつわる言説にどう向き合うことができるのか。看取りに関わる医療者にとって大きな課題である。対象者の語りを聴き、死への恐怖を語るまでに喪失してきた日常の意義を考えるための仕組みづくりも重要となる。特に在宅ケアの現場では、患者のスピリチュアリティを形成している様々な「ケア資源」2)が広がっている。医療現場のケアにおいて、「生活文化」という視点をいかに組み込むことができるのか。次稿以降、臨床宗教師によるSCの展開にその1つのヒントを探っていく。
【文献】
1)Puchalski CM, et al:J Palliat Med. 2014;17(6):642-56.
2)谷山洋三・井川裕覚:グリーフケア. 2021;9:49-65.
井川裕覚(東北大学大学院文学研究科特任助教)[臨床宗教師][スピリチュアルケア][生活文化]